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2011.03.07

『丘ルトロジック 沈丁花桜のカンタータ』『丘ルトロジック(2)江西陀梔のアウラ』

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『丘ルトロジック 沈丁花桜のカンタータ』』『丘ルトロジック(2)江西陀梔のアウラ』 (耳目口司/角川スニーカー文庫)

例によって1巻の感想を書く前に2巻が出てしまったので、内容についてはまとめて書きます。もう全部この方式で良いような気がしてきた。

ところで自分は”外れた者”たちの話が好きである。自分ではどうしようもない”サガ”によって、平凡から外れることを余儀なくされたものたちが、わいわいがやがやと好き勝手に生きている話を読んでいると、とてもホッとした気持ちになれる。”外れる”ことは、一般的に言って忌避されることであり、もちろん、当たり前に外れないで生きている方が、どちらかと言えば無意味な軋轢を生まない分、良いに決まっている。外れないで生きるというのはそれはそれで大変だとは思うけれど、”外れた”人間は、本来所属している共同体の中で、そもそも存在価値さえも認められないフリークス(化け物)としてしか扱われないのです。

この話は、本人の主義主張、あるいは事故、あるいは趣味、あるいは強迫観念などにより、”当たり前”ではいられなくなってしまった人たちの物語です。本人が望んで外れた者も、そうではない者もいるが、理性のタガの一分が外れて己の本質的な衝動に支配されている者たちが、この物語には数多く出てくるのですね。そうした、言わば人間の良識には従えなくなってしまったフリークス(化け物)たちが、丘研(オカルト研究会)にあつまり、町で起こるさまざまな事件に関わっていくことになります。

世間の常識から外れた者たちが関わる事件は、相応しくも一風変わっています。それはまさにオカルトの領域の話であったり、実は科学的な結末がついたりします。超常現象は普通に出てくるのに、それでもそれは大きな意味を持ちません。ひどく淡々と物語の中で受け入れられています。それは、オカルト的存在であろうとも、それは”外れた”者である以上、主人公たちとなんら相違ない存在だからかもしれません。それは存在のあり方として、”当たり前”から弾き出されてしまったものたちの持つ仲間意識と呼ぶべきものでしょうか。彼らにとって、本当のお化けだろうがなんだろうが、それ以上に自分たちの同類であると言う事実の方が優先されてしまうのであり、それがこの物語の、オカルトだろうが超常現象だろうがインチキだろうが、どれでも等価として扱っている奇妙な空間が生まれているのだと思います。

1巻は、まさにたまたま出くわしたフリークス共が、自分たちを排除した”常識”に対して戦いの雄叫びを上げるという話になっていて、大変にさわやかな話になっているように思います。たびたび出て来る”常識に対する怨念”めいたものが出てくるのは、やりすぎると単なる私小説になってしまうところを、ギリギリでバランスを取ったかと思います。それ以上に、自分たちの本性を隠さないで全力で世界を打ち壊しにいけることの喜びと言うか、祭りの感覚がとても楽しく、面白く読めました。

ただ、1巻でこんなクライマックスをやってしまって、2巻は一体どうするのかといささか心配はしてしました。少々不安に思いつつ2巻を読んだんですが、そっちの方向にいっちゃったかー、と言う感じ。物語の基本ラインは1巻と同様ながら、今回はそれぞれのフリークスたちが持つ”事情”の方に物語の中心が移っています。これは、登場人物たちのキャラクターを深めようと言う意図のもとに行われていると思うんですが、正直、キャラクターの”事情”の見せ方の基本が”説教”と言うのはちょっと何とかして欲しいなあ、と思います。キャラクターがその内面を明らかにしていく展開は良いんですが、その解決の仕方が、基本的に外部であるはずの主人公たちが”相手の認識を否定”して終わるんですよね。禁書目録で言うところの「その幻想をぶち殺す!」と言う奴です。ただ、これは実は諸刃の剣で、否定する側に正しい根拠がなければ、その否定はただの傲慢でしかない(まあ、如何なる理屈があろうと傲慢であることは変わらないんですが、せめて”正しい根拠”がなかったら、否定された側が救われないじゃないですか)。こういう己の正しさをお互いに押し付けあう認識戦も悪いとは言わないんですが、これ、どっちにしても”外れた者”同士が認識戦をしているだけなので、結局、どっちもどっちにしか思えないんですよね。認識戦に勝利した側が正しいとは限らないのは分かっているんですが、どうもその否定の仕方に納得しがたいものがあります。

うーん、結局アレかなー。外れた者たちが常識に立ち向かう話なのかと思ったら、結局、外れた者同士で対立しているだけなので、あんまり興味が沸かなかったってことなのかなー。お前ら、戦う相手がどう考えても違うんじゃねーの?みたいな。あと、何を論点にしているのかイマイチわからんのは、たぶん、主人公たちの価値観にあまり共感していないせいだろうな。主人公たちの偏りまくった価値観自体は良いとも悪いともおもわないんだけどね。正しいとか正しくないとかの問題じゃないと思うんだよね。たぶん。

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