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2011.02.14

『保健室登校』

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保健室登校』(矢部嵩/角川ホラー文庫)

また変な小説を読んでしまった。”変”と言うのにもいろいろなケースがあるものだけど、この作品については「狂ってる」と言う形容をしたくなるタイプの作品。文章自体が頭がおかしくなるような変態的な文章だし(いわゆる美文とはかけ離れたタイプ)、作品内における物語そのものも、実に不安定でアンバランスなものになっています。

この作品の特徴的なところは登場人物たちの思考がナチュラルに狂っているところですが、なによりもこの作品を異質なものたらしめているのは、登場人物たちの狂った思考そのものは作中では”正常なもの”として扱われているところでしょう。まるで人間とは大なり小なり”常軌を逸している”のが当然であり、それが”正常”であるのだ、と言わんばかりです。作中の登場人物たちは、明らかに異常な事態においても、その状況を淡々と受け入れて日常を維持しようとします。もちろん異常な事態にはびっくりするのですが、しかし、「世の中と言うのはそういうものなんだ」とあっさりを受け入れてしまうんですね。明らかに異常な出来事を、異常だと受け取ることが出来ないあたりに”学校”と言う外部と隔絶した異世界を、ある意味において鋭くカリカチュアライズしているように感じました・・・が、勘違いのような気もする。ただ、どんなり理不尽なこと(それこそ、道徳や常識はもとより、人間の命や倫理観さえ無視した異常な出来事)を押し付けられても、それに抗う術も無く流されてしまうという、”社会の都合に翻弄されることしか出来ない”と言う意味では、子供の持つ世界観として強いリアリティを感じました。

登場する少女たち(基本的に視点はとある少女たちになります)は、自分の遭遇する出来事に「おかしいな?」と薄々は分かっているんですが、しかし、それを判断し、拒否するためには、彼女は絶望的なまでに”理解”が足りない。ちょっとひどい言い方をすると、彼女たちには「おかしいことをおかしい」と判断する知識と判断力に欠けている。その愚かさゆえに彼女たちは恐ろしい出来事に遭遇することになります。彼女たちがおかしなことに抗えば、あるいは事態は変わった可能性もあったのに(悪化する可能性もあったけど)、それを”分からないから受け入れることしか出来ない”。しかし、子供にとって世界とは未知に満ちているのだと言うことは忘れてはならないとも思います。子供にとって、世界とはこれほどに恐ろしいところなのだ、と。

そして、もう一つ興味深い点は、作者はおそらく次の感覚を踏まえているであろうこと。つまり「この世には正しいことなど何一つない」と言うものです。現代と言う時代は価値観が細分化されている時代であり、単純で唯一の”正しさ”が保証されない時代であると言われる事があります。その言葉の真偽はどうあれ、つまり”正しい事が教えられない”時代に生きる子供たちの違和がそこには生まれる。例えば「人を助けるのは正しい事」です。ただし、現代では「どうすれば助けることが出来る」のかが問題になります。ただ助けるとは、何を、どこまで、どのようにすればいいのか。それさえも”分からない”。それを愚かと言うのは容易いことですが、ならば賢いとはなんでしょう?どうすることが正しいのでしょう?

結局のところ、何が正しいのかと言う問いには答えることなど誰にも出来なくて、それぞれ自分で判断していくしかありません。正しさとはその時々によって移り変わり、言うなれば臨機応変(言い換えれば場当たり的)に対処することしか正しさと言うのは生まれてこない。けど、それは当然おそろしい失敗や誤りもあり、そのことに対する恐怖感をもまた確かにあるのです。つまり、この作品ではそれぞれの登場人物たちが”自分なりに”正しいことを判断していった結果、この上なく異常で残酷な事態に陥ってしまうというところに、作者の”正しさ”に対する皮肉めいた感覚が浮き上がっていて、とても面白いところだと思いました。

世の中、簡単に”失敗なんて気にするな”と言う人もいるけど、それで「取り返しがつかない失敗」をしてしまった時は、どうすればいいんだ?そんな作者の声が聞こえてくるような気がします。

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