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2011.02.15

『天体の回転について』

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天体の回転について』(小林泰三/ハヤカワ文庫JA)

この表紙はある意味において内容を正確に反映しているのだが、あまりに正確に反映しているので、比喩の対象になっている方々には不愉快な思いをするのは間違いなく、アマゾンのレビューでやたら低い点がついているのは明らかにその所為なんだけど、作者がそれを見てニヤニヤしているのが目に浮かぶようである。

こんな萌え表紙に対して中身はどうなっているのかと言うと、相変わらずのハード、エログロ、ホラーなSFが揃っておりまして、さらに作者一流の悪趣味なボンクラセンスを大盤振る舞いであり、ファンには大変優しい内容になっておりますのでご安心ください。大変に厭な気持ちになれますよ。

短編集なのでたまには各話感想。

「天体の回転について」

表題作。科学文明が崩壊した後、原始的な生活を営む人類の一人である主人公が、軌道エレベーターで宇宙に旅立つ話。高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないと言いますか、科学的な理論が崩壊した後に残るのは未知に対する畏怖だけ、と言う切なさが魅力。・・・と言うのは一面的な話で、そうした未知なる存在に対して、少女に対する恋だけで乗り越えていくと言うのがもう一方の主題。それ自体はすごくまっとうな話なんですが・・・その美少女の存在があまりに空虚で代替の効くモノでしかないというあたりが実に悪趣味と言うか嫌らしいですね。少年が少女を表層的にしか見ることしか出来ない(本質を理解出来ない)と言うあたりも、大変激烈なDISでございます。

「灰色の車輪」

ロボット三原則をテーマにした話。現実問題として(ってのも変な話だけど)、ロボット三原則があったらどんな風に運用しているのかと言うあたりを描いているんだろう。このあたりになるとほとんど思考実験みたいな一発ネタなので、物語云々の問題ではなさそう。いかにしてルールの隙間を突くかと言う、ミステリみたいなものだな。あと最後のロボットのネーミングネタについてはアホかと思った。この読者を脱力させることに賭ける作者の情熱はどこから来るのか・・・。

「あの日」

はるか未来のとある場所で、20世紀を舞台にした小説を書こうと悪戦苦闘する書き手と駄目出しを続ける教師が延々とナンセンスな会話を続ける大爆笑必至のシチュエーションコメディ。20世紀とは物理法則さえも異なる環境で育った書き手が、20世紀の常識を上手くイメージ出来ずに変な話ばかり書いてしまうという、これまた多方面への大変なDISが魅力。「重力が下へ働く」と言うことさえも実感していない人が書いた小説とはこんなにも滑稽なものか、と思ったら作者の罠に嵌ってる。まあ、自分でも良く分かってないことは書くもんじゃねーよなホント。それでも書きたくなる衝動ってのもあるんだけど。オチはやっぱりひどい。

「性交体験者」

女性恐怖症が現実的に存在した世界でのエロティックハードボイルド・・・だと思う多分。こんな世界で男はどうやって生きていけば良いのだ。作中で登場する男性たちの挙動に最終的に無理も無いなあと思うようになることを考えると、ある意味草食系男子に対するエールなのかもしれないな。女性はマジ恐いから気にすんな!みたいな。何の解決にもなってないが。

「銀の舟」

かの有名な『人面岩』に取り付かれた女性が辿りついた先で目にしたものとは。人面岩を目指す過程に主人公の狂気があって普通に面白いのだが、最後の最後ですべてがひっくり返るカタルシスとも脱力感ともつかない感覚もいい。既成概念と言うか、当然の前提がひっくり返される感じ。

「三〇〇万」

これがスパルタだ!!と言う話。科学が発達したって知的になるとは限らんぜよと言う話だけど、どっちかと言うと無邪気な進歩論に対するDISのような気がする。”文明化”をすることが正しいなんてのは勝手な押し付けに過ぎないわけで、”野蛮”であっても同時に”知的”であることは成立するのです。まあだからと言って、”野蛮”を押し付けられるのも迷惑なわけで・・・。どっちもどっちだなーと思えてしまう辺りが実に嫌らしくていいですね。

「盗まれた昨日」

心の所在はどこにあるのかって話。記憶が自由に取替えが可能になった時、果たして”自分”を証明するものはどこにあるのか、と言うわけである意味でSFの定番と言えます。ただ、作者の悪趣味っぷりはここでも発揮されており、昨日までの美少女(しかも百合っぽい)は、今日の中年で小汚いおっさんに・・・。む、むごい・・・。そのくせ途中はサスペンスフルに、最終的にリリカルに終わったりして、まあカオスな作品だよな。

「時空争奪」

来ました!作者が大好きなクトゥルーSFです。最高にグロテスクなコズミックホラーなのに量子論満載のハードSFだぜー萌えるわー(誤字ではない)。ようするに時間改変ものなんですが、”時間”の扱いが大変に入り組んでいて、”時間”、ひいては”歴史”を侵略されることの恐怖がこれでもかと描かれます。”歴史”そのものが「そっくりそのまま乗っ取られ」、過去の乗っ取りが現在に「追いついてくる」とか、一読しては理解が追いつかないけど超たのちい。「過去が侵略される」と言うことがどういうことなのか偏執的に描いているので大変に厭な気持ちになれるのが素晴らしい。

 

以下総括。一部を除いて、「現在、あるいは現実とはまったく異なる文化的、生物的な背景を持つ社会で起こる出来事」が描かれている作品でした。我々の常識からすれば奇異に写るものの、それはその社会にとっては、当たり前に起こりうる可能性のある出来事なのですね。価値観や常識など、時間と場所が変わればいくらでも変化しうる。特に数百年、数千年のスパンで見れば、現在などと言うのは一瞬の出来事に過ぎない。当たり前だと感じていることが当たり前ではなくなる時がいつか来る。そんな「いつかどこかでは当たり前の世界」の存在を感じさせてくれるという意味で、ワンダーな作品であったと思います。

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