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2011.02.09

『エルフの血脈 <魔法剣士ゲラルト>』

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エルフの血脈 <魔法剣士ゲラルト>』(アンドレイ・サブコフスキ/ハヤカワ文庫FT)

世界はまだ人間にとっては暗くて遠い夜の中、焚き火の明りに誘われて人々は集う。地位も目的もまるで異なる人々が、吟遊詩人の歌を聞いて一時の冒険に夢を馳せる。かの魔法戦士、ゲラルドを知るものはいるか?あの冷酷な殺戮機械の?然り。弱きものの守護者の?然り。エルフの魔法戦士である彼の所業は陰謀と血が渦巻き、彼の通ったあとには敵対者の死がもたらされる。時にゲラルドが味わった哀愁漂う恋物語に人々は溜め息をつく。魔法戦士。そは薬物による強化と極限の修練によって生み出される殺戮の申し子であり、罪無き者の守護者である。長き寿命を持つ彼にとっては、その冒険はいまだ途上にあるのだ・・・・・・。

さて、今作は中世ヨーロッパ的な異世界でのファンタジー。エルフやドワーフなど人間以外の種族が人間とともに暮らしている剣と魔法の世界。まさに剣と魔法のファンタジーの王道である。ただ、王道ではあるが陳腐ではまったくない。むしろ古き良きファンタジーに対するリスペクトを強く持ちながら、ファンタジーとしての強度を高めている点は高く評価したいところです。例えば、冒頭で主人公ゲラルドの波乱万丈な冒険が吟遊詩人によって語られるシーンがあるのだけど、いわゆる”ファンタジー”と言うものに対するイメージ力を強烈に喚起させるシーンなど、作者は本当に”異世界を物語る”と言う行為そのものを愛しているのだな、と感じるのです。

物語は、どうやら世界の行く末の鍵を握ると思われる<驚きの子>シリとゲラルドの生活から始まります。魔法戦士ゲラルド、と副題はついていますが、”この物語”における主人公はシリと言っても良いでしょう。亡国の王女であるシリは、過去の盟約によってゲラルドに預けられ、そこで己の運命と向き合うことになります。ゲラルドと共に己の運命に抗うため、魔法戦士としての訓練を受けるシリ(なお、この世界における”魔法戦士”とはただ魔法を使える戦士ではなく、薬物と修練による人体改造によって常人以上の戦闘力を持った戦士の事を指します。ただ、修行方法を見る限り、どうも作者は”忍者”を意識しているような気がします)。彼女が立ち向かう運命を解明すべく、ゲラルドは仲間とともに探索に赴き、シリはゲラルドのかつての恋人であり女魔術師のイェネファーに魔術を習うことになります。

この作品は、ゲラルドによる探査行などまさに未知の世界での冒険を描いているところも良いですが、その冒険をさらに魅力的なものにしているのがキャラクターの魅力です。ゲラルドとシリを取り巻くさまざま登場人物たちは、愛すべき好人物もいれば唾棄すべき悪党も、または善と悪の定かならぬ複雑さを秘めた人物もいます。”善と悪の戦い”に単純化しないあたりは、過去の名作をリスペクトしつつも、現代的な物語として成立させようとしているところと言って良いでしょうね。当面のゲラルドの敵である”ニルフガルド帝国”も、別に悪の帝国と言うわけではなく、拡大路線を取っている国家に過ぎないようで(ゲラルド側の国に所属している人々は、蛇蝎か悪魔の如く語っていますが、これはおそらく民族感情が絡んでいると思われます)、わりと敵と味方が相対化されているところも登場人物の陰影が濃くなっている理由の一つではあるでしょうね。このあたりを膨らませれば大きな物語になりそうな気配もあります。無論、”物語の主人公”であるシリが自分の運命に立ち向かっていくビルドゥンクスにも期待したいところです。

物語はまだ始まったばかりですが、この作品の持つファンタジーの空気に非常に懐かしいものを感じるので、続きが翻訳されることを祈ります。

また、ゲラルドの冒険については冒頭の吟遊詩人の歌にもあるように短編集があるようですがいまだ未訳のようです。このシリーズの売れ行き次第と言ったところでしょうか。そのため、物語の鍵を握る<驚きの子>シリについて不明瞭な点があったりますが、そのあたりは物語には大きな影響はないので問題ないかと思われます。

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