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2011.02.25

『インシテミル』

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インシテミル』(米澤穂信/文春文庫)

単行本を購入した後に文庫版も購入して読んでいるとか自分は一体どれほどの信者なのかと言う気もするけど、ふと単行本の感想を書いてなかった事に気がついたので文庫版の感想を書くことにします。と書くと我ながらものすごく不毛なことをしているのような気がしてくるけど、あまり考えないようにしていきたい。

そろそろ冒頭で言い訳をするのが楽しくなってきました。

さて、この作品はおそらく米澤穂信の本格ミステリに対する愛情がこれでもかと詰め込んだ作品になっていると思いますが、愛が高じすぎて半ばアンチと言うかDISになっているように思うのはたぶん気のせいではないでしょうね。物語の細部までに「本格ミステリ」的な様式(お約束とも言う)を、これでもかと敷き詰めており、非常に「ミステリ的な」作品です。ただ作者がさらに注意を払っているのは、そうしたミステリ的な様式が”現実的に存在した場合の不合理”と言う点だと思われます。つまり、ミステリ的なお約束な舞台や小道具が存在しうる環境、そしてそうした事件に巻き込まれた時の人間の行動までを視野に入れています。

つまり、実際にこんな極限状態に陥ったら、いちいち”見立て殺人”(に代表されるミステリトリック)なんて気にしてられねーよ、と言うことです。謎を解くことより生き残ることの方が大事だし、生き残るためにはどんな手段だってとる。得てしてトリックを無視する登場人物はミステリとしての物語を阻害する要因になるので、排除されるものですが、この作品ではそのような登場人物がわりと最後まで生きています。と言うかぶっちゃけて言うと、最終的に謎とかがどうでもよくなり、登場人物たちはてんでばらばらに行動しだします。象徴的なのが語り手の青年で、本来ならば探偵役を務める立ち位置にいながら、物語の終盤に事件に関与することをやめて安全地帯に逃げてしまいます。そして、そこで彼はミステリ愛好者であることを告白するあたりはもはやギャグと言ってもいいでしょう。作中で起こる見立てや展開などは大体読めているのに、それを無視する登場人物たちのせいで一向に事件を解決できない。彼が安全地帯に行ってしまったのも、ある意味においてそんな状況に辟易したからだ、と思えるのは穿ちすぎでしょうか。

そして(青年が傍観する中で)殺人事件の方は(勝手に)クライマックスを向かえて、それについてあーだこーだと論評する主人公+一人の会話は、完全に出来の悪いミステリを論評する文脈になっており、非常になんだかなあ、と言う想いが湧き上がってきます。安全地帯にいれば、悲劇と言うのはものすごく滑稽なものでしかないんですよね。ここに至って”本格ミステリ読者”さえもDISり始めた米澤先生は本当にミステリ大好きなんだな、と思うのでした。

出来の悪いミステリ、と言う言葉を使いましたが、インシテミルの「舞台」で起こる事件そのものはすごくしょーもないです。主催者側が用意したヒントに登場人物は気がつかず、個々の事件が持つ意味は取り沙汰されず、”犯人”は好き勝手に動き回り、殺害の手段は別に技巧的でもない(うちの父もこれを読んだんですが、とてもつまらなかったと言っていました。うんまあ気持ちはわかるよ)。ただ、これは主催者側がへっぽこだったというか、ちょっと”ミステリに淫しすぎた”のが原因なんですよね。あっちは「気がつくだろう」と思って用意したヒントは、そんなもん、ミステリマニアにしか気がつかねえってーの。密室殺人とか、そんなもんを気にするのは警察かマニアだけだっつーの。つまり、ミステリ的なお約束と言うのは、登場人物たちが自発的に協力してくれないと成立しないケースが多々としてあるわけで、そんなもの、ミステリが読まない人はわかるわけないじゃんね、と言う。本当にひどい話ですね。

なので、この作品をミステリとして読むのは間違いです。アンチミステリと言うのも、実は的を外しているのかもしれません。ミステリとしてのお約束をちりばめながら、それらがことごとくスルーされていく展開に、言いようのないバカバカしさを感じさせる作品をなんと評するべきか・・・と考えた結果、これは不条理ギャグ小説なんじゃないかな、という結論に達しました。必死になってミステリドラマを現実に構築した主催者側を嘲笑うようにスルーして行く登場人物たちのKYっぷりは、もはやギャグとしか説明できない。まさに主催者プギャーな展開。まあミステリに限った話じゃないけど、往々にしてマニアという人種は、マイルールが世界の基準だと勘違いするところがあるので、そのあたりの隙を突いたギャグだとも説明出来るかもしれません。

少なくともミステリでは、あるいは映画(観ていませんが)のような生き残りゲームでもないことは間違いないと思います。

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