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2011.02.26

『“菜々子さん”の戯曲 小悪魔と盤上の12人』

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“菜々子さん”の戯曲 小悪魔と盤上の12人』(高木敦史/角川スニーカー文庫)

昨日、『インシテミル』の感想を書いたからと言うわけではないけれど、本格的に米澤穂信リスペクトな作品であったように思います。前作でもミステリとドラマの絡み合いと、ラストにおける物語の跳躍が米澤穂信的だ、とは思っていたけれども、菜々子さんと言う善悪定かならぬヒロインに翻弄されていく主人公の関係など、”青春ミステリ”としてなかなかに高品質。青春ミステリと言うのは定義はいろいろあるけど、青春とミステリが分かち難く関連しているものだと思うので、その意味で品質が高いという事ですね。

主人公の宮本君が、自分が入部した映画研究会で出くわす事件の解決に奔走する。それと同時に、謎めいた先輩である”菜々子さん”に惹かれる宮本君が、彼女に翻弄される姿を描いている。この二つのラインは表となり裏となり、時に入れ替わりながら物語を動かしていきます。謎めいたヒロインに惹かれていくパートと、事件に奔走するパートはそれぞれが独立していながらも、常に関連し合っています。それは動機の面であったり、それトリックの面であったりしますが、それらは一見関係ないように見えて、実は直接的にはやっぱり関係なく、しかし、そこにつながりを見出すことで事件解決の手がかりとしていくというあたりが良いと思います。まあこのやり方は米澤先生がすでに通過している方式ではありますが、そもそも青春とミステリと融合するということ自体が非常にクレバーなものだけに、それだけでも作者に対するある程度の評価は必要なのではないか、と思います。

ただ、個人的には物語を牽引する”菜々子”さんのキャラクターが、前巻の時点である程度、割れてしまっているところが最大の問題点であると思います。これは読者にしか分からない問題ではあるんですが、読者には”菜々子さん”がどのような過去を背負い、どんな相手を好きになって、何を志向しているのか、全部知ってしまっている。それに対して、宮本君は何も知らない。この時点で、主人公と読者の間に決定的な乖離が生まれてしまう。まあ、乖離が生まれること自体は、自分は主人公に感情移入はしないタイプなので問題ないにしても(問題にする人もいると思うけど)、「主人公が”奈々子さん”の事をよく知らない」と言うことが前提で物語が進んでいくことがあまりにも歯痒い。例えば、主人公が「まさか”菜々子さん”が・・・」などと考えようものなら、「いや、”菜々子さん”だし、やるっしょ」と言う具合(あくまでも例です)。確かに宮本君にとっては、”菜々子さん”はわけわからん先輩だと思いますが、読者にとっては、何を好んでいるのか、わかってしまっている。そこが、おそらくこの作品の最大の弱点であろうと思います。

この話が一巻であれば、別にそれでも問題はなかったんですがね。むしろ、一巻であれば、”菜々子さん”の立ち位置が最後まで読めず、ものすごくサスペンスフルな作品として捉えていたかもしれません。しかし、「知っている」と言うことによる先入観によって、”菜々子さん”のやりそうな事を予想してしまった(出来るかどうかは問わず)ことによって、緊張感がかなり削がれてしまったように感じました。そして、最終的にも、「こちらが考えた”菜々子さん”がやりそうなこと」の範囲から、少なくとも大きくは外れていなかった。そこが残念なところです。ただ、まだ二巻目であり、もしかしたら、ここからこちらの想像した”菜々子さん”像を大きく覆される可能性もあります(宮本君とくっつくとかね。悪手けど)。その伏線であるかもしれない。なので、この時点で評価をすることはまだ早計でしょうかね。

ラストの落とし方は割と好きな部類。思いのほかに優しい結末だった。”菜々子さん”は意外と寛容だったんだなー。

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