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2011.02.28

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)』

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俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)』(伏見つかさ/電撃文庫)

今回の物語は「京介の主観の物語である」という点がクローズアップされています。京介の主観の物語であるとはどういうことかと言うと、すなわち「京介の気がつかないことは語られない」と言うことです。京介が気がつかなかったことは語られないし、明らかにはされない。つまり”信用の出来ない語り手”と言うことですね。物語で語られているのはあくまでも京介の主観であって、正解ではない。まあこのあたりは作者インタビューなどでも語られているのでそれほど目新しいところではありませんが、ここまで重要な扱いとなったのは初めてではないでしょうか。

”信用の出来ない語り手”であるというところの最大の重要な点は、「桐乃が京介の事が大好きである」と言うところを京介が気がついていないということでしょう。今回の物語は、この錯誤が積もりに積もって大きな騒動に繋がっていくことになります。桐乃が京介の事が大好きなのは、読者にとって見ればわりと自明ではあるんですが、京介は「桐乃に嫌われている」と言う思い込みがあるために、一向に気がつくことがありません。これが、7巻序盤における二人の会話のすれ違いに繋がります。そこで、京介は「桐乃が自分の事を男として好き」と言うことに対して普通に気持ち悪がります。まあこの態度自体は桐乃に対する”気安さ”の表れであって、たぶんそんなに深刻な反応ではないでしょうけどね。京介は、あくまでも冗談の一貫として捕らえていました。

しかし、桐乃は京介の態度に非常に傷つきました(京介の視点からは語られませんので、妄想かもしれませんけどね)。なぜならば、それは1巻で京介が自分の趣味を受け入れてくれたことと同じように受け入れてくれるものだという思い込みがあったからでしょう(実は内心では京介もドン引きしていたんですが、その頃はまだ兄妹間に隔意があったので表にはだしませんでした)。自分の”趣味”を受け入れてくれた京介なので、桐乃としてはそこを否定されてしまったことに対してショックを受けたということもあるでしょう。無論、自分が思うほどに京介は桐乃を想ってくれていないということもショックかもしれませんけどね。ただ、この会話によって生まれた認識の齟齬が、今回の物語全体を動かしていくことになります。京介に彼氏としてデートをしてもらったり(どうも狂言だったようです)と、桐乃さんとしてはガチで勝負をかけていたふしがありますが、その齟齬は埋められることはありませんでしたが。

そして、それによって登場する”桐乃の彼氏”。その存在によって、京介は己の中にある認識を修正する必要に迫られることになります。彼氏を連れてきた”妹”に対して、自分は一体どのような態度を取ればいいのか?そのことについて、自分は何を感じているのか?”信用のならない語り手”である京介は、実は自分の心さえも偽っていました。京介の主観の物語であると言うことは、京介の内面でさえ、京介が認識できなければ語られない。その内面を、ついに認識する必要が出てきたわけです。

そして、京介はついに自らの認識を覆しました。「自分にとって桐乃は大切な存在である」と言うことを認めたわけです。正直、ようやくかよ、と思わないでもないですが、まあ彼はツンデレなのでしょうがない。好きだけど好きと認めるのは抵抗があるタイプなんでしょう。まあそれはともかく、今までは「頼まれたからしょうがない」と言うスタンスであった京介は、妹に対して独占欲にも似た感情があることを認めました。この認識の転換は、おそらく京介と桐乃の関係を大きく揺るがすものになるでしょう。まだ、京介と桐乃の間にある”認識の齟齬”は解消はされてはいませんが、少なくとも大きな一歩となるはずです。

そして最後の黒猫の”告白”は、おそらく京介と桐乃の関係の変化とは無関係ではないでしょう。このあたりも京介の認識外になるので推測の域は出ませんが、黒猫は桐乃をライバルとして認識したのではないかと。今まではなんだかんだで兄妹であったのが、もしかしたらそれ以外の関係もありうるのではないか?京介の真意は分かりませんが(”信用の出来ない語り手”だからね)、黒猫がそれを意識したことは間違いないでしょう。それが思い切った行動に繋がったと考えるのはそれほどおかしくはないように思います。

それによって動いた関係については、最後の一文で明らかにされています。ここに来てフェイクはないと思うので、事実でしょう。問題は、その関係に辿りついたとき、京介と桐乃の認識はどのようになっているのかどうか?兄妹のままなのか?あるいはそれ以外の感情があるのか?それはちょっと現段階では不明ですね。大人しく次回を待ちたいと思います。

ただまあ、実は、自分は最後の一文そのものはそれほど重視はしません。なぜなら、たとえその関係が構築されたとしても、”妹は一生妹”ですからね。この関係は絶対に変わらない。その意味では、黒猫は最初から不利な状況にいるわけで、黒猫としては”告白”を受け入れてもらってようやく互角の立場ぐらいに思っているんじゃないでしょうか。桐乃と京介の関係の齟齬を解消してしまうと(まだ解消されると決まったわけではないけど)、今度は物語を駆動する力が失われてしまうので、そこでこの三角関係を持ってくる可能性もあるんじゃないかな、と思うわけです。想像してみて御覧なさいよ。素直な桐乃と積極的な黒猫が京介を挟んで牽制している姿を・・・。ラブコメ的にすごく美味しい展開じゃないですか。

まあ、ほとんどが妄想なので実現するかどうかは知らん。ただ、妄想しているのが楽しい作品であるわけで、ここまで楽しませてもらっていてありがたいなあ、と作者には感謝をしたいですね。

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2011.02.27

『ヘヴィーオブジェクト 巨人達の影』

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ヘヴィーオブジェクト 巨人達の影 』(鎌池和馬/電撃文庫)

禁書目録の既刊感想を書こう書こうと思いつついまだ果たせない今日この頃。書くべきことが多すぎるのと、時期を外してしまってテーマが賞味期限切れになりつつあるのが困ったところです。でもいつかはやりたい。

などと今日も言い訳から始めてしまった。言い訳おいしいです。

さて、鎌池先生のもう一つのシリーズ作であるヘヴィーオブジェクトについてですが、相変わらずものすごい読み難いです。文章がどうとかそういう話ではなく、登場人物たちの異様に説明的な台詞、一読して飲み込めないストーリーなど、とにかく読みながら「ちょ、ちょっと待って!?」と口走る自分を抑えられません。大体、2、3ページに一回くらい口走る(多すぎだろ)。

しかし、困ったことにそれでもなお面白いのです、この話は(無駄に倒置法)。正直、主人公たちが戦いに関わることに説得力はまったく感じられないんだけど(冒頭に説明があるけど、まったく納得いかない・・・)、それはそれとして、徒手空拳の主人公が圧倒的なオブジェクトたちを知恵と機転と勇気で立ち向かう展開はものすごく面白いのです。しかも、おそらく厳密に考えれば主人公たちの作戦は無茶だと思うのだけど、その作戦を挑むまでの展開があまりにも躍動的なため、ついうっかり素晴らしい作戦のような気がしてしまう。説得力ってのは理屈じゃあねえんだな!と言うことが良く分かりますね。力技と言えばこれほどの力技もないけれど、事実、相手をねじ伏せるだけの豪腕があるのであれば、それは立派な戦術なんですよね。

では、鎌池先生はノリと強引なだけの作家なのか?と思われるかもしれませんが、それもちょっと違う(たぶん)。鎌池先生は、自分の書いていることが荒唐無稽であるのは最初から承知している感じです。大抵、そうした無茶と言うか、はっきり言って筋が通ってない部分は、さらっと流してしまい、とっとと物語を進めてしまう。その強引さこそ、自分が「ちょ、ちょっと待って!?」と思ってしまう原因ではあるのだけど、ついつい先のページをめくらされてしまう。完全に作者の手のひらで踊っておりますねー。素直にそういうところは脱帽だ。ホンマ恐い人やで、鎌池先生は。

内容については・・・まあ、自分が言うことは特にないよなあ。ほぼ完全に本編の中で語るべきことは語りきっていて、そこに付け加えるべきことも、あるいは差し引くこともない。これは作品が”貧しい”と言う意味ではまったくなくて、逆に作品の設計が完璧だという意味です。作者が最初に設定している目標を、十全に果たしきっている。ただひたすらに爽快感のみを追求し、追求しきった作品に自分は何かを語る必要があるとは思えませんね。ただ読み、爽快感を味わうことだけが読者が行うべきとさえ思います。

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2011.02.26

『“菜々子さん”の戯曲 小悪魔と盤上の12人』

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“菜々子さん”の戯曲 小悪魔と盤上の12人』(高木敦史/角川スニーカー文庫)

昨日、『インシテミル』の感想を書いたからと言うわけではないけれど、本格的に米澤穂信リスペクトな作品であったように思います。前作でもミステリとドラマの絡み合いと、ラストにおける物語の跳躍が米澤穂信的だ、とは思っていたけれども、菜々子さんと言う善悪定かならぬヒロインに翻弄されていく主人公の関係など、”青春ミステリ”としてなかなかに高品質。青春ミステリと言うのは定義はいろいろあるけど、青春とミステリが分かち難く関連しているものだと思うので、その意味で品質が高いという事ですね。

主人公の宮本君が、自分が入部した映画研究会で出くわす事件の解決に奔走する。それと同時に、謎めいた先輩である”菜々子さん”に惹かれる宮本君が、彼女に翻弄される姿を描いている。この二つのラインは表となり裏となり、時に入れ替わりながら物語を動かしていきます。謎めいたヒロインに惹かれていくパートと、事件に奔走するパートはそれぞれが独立していながらも、常に関連し合っています。それは動機の面であったり、それトリックの面であったりしますが、それらは一見関係ないように見えて、実は直接的にはやっぱり関係なく、しかし、そこにつながりを見出すことで事件解決の手がかりとしていくというあたりが良いと思います。まあこのやり方は米澤先生がすでに通過している方式ではありますが、そもそも青春とミステリと融合するということ自体が非常にクレバーなものだけに、それだけでも作者に対するある程度の評価は必要なのではないか、と思います。

ただ、個人的には物語を牽引する”菜々子”さんのキャラクターが、前巻の時点である程度、割れてしまっているところが最大の問題点であると思います。これは読者にしか分からない問題ではあるんですが、読者には”菜々子さん”がどのような過去を背負い、どんな相手を好きになって、何を志向しているのか、全部知ってしまっている。それに対して、宮本君は何も知らない。この時点で、主人公と読者の間に決定的な乖離が生まれてしまう。まあ、乖離が生まれること自体は、自分は主人公に感情移入はしないタイプなので問題ないにしても(問題にする人もいると思うけど)、「主人公が”奈々子さん”の事をよく知らない」と言うことが前提で物語が進んでいくことがあまりにも歯痒い。例えば、主人公が「まさか”菜々子さん”が・・・」などと考えようものなら、「いや、”菜々子さん”だし、やるっしょ」と言う具合(あくまでも例です)。確かに宮本君にとっては、”菜々子さん”はわけわからん先輩だと思いますが、読者にとっては、何を好んでいるのか、わかってしまっている。そこが、おそらくこの作品の最大の弱点であろうと思います。

この話が一巻であれば、別にそれでも問題はなかったんですがね。むしろ、一巻であれば、”菜々子さん”の立ち位置が最後まで読めず、ものすごくサスペンスフルな作品として捉えていたかもしれません。しかし、「知っている」と言うことによる先入観によって、”菜々子さん”のやりそうな事を予想してしまった(出来るかどうかは問わず)ことによって、緊張感がかなり削がれてしまったように感じました。そして、最終的にも、「こちらが考えた”菜々子さん”がやりそうなこと」の範囲から、少なくとも大きくは外れていなかった。そこが残念なところです。ただ、まだ二巻目であり、もしかしたら、ここからこちらの想像した”菜々子さん”像を大きく覆される可能性もあります(宮本君とくっつくとかね。悪手けど)。その伏線であるかもしれない。なので、この時点で評価をすることはまだ早計でしょうかね。

ラストの落とし方は割と好きな部類。思いのほかに優しい結末だった。”菜々子さん”は意外と寛容だったんだなー。

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買ったもの

1.『医龍(25)』 乃木坂太郎 小学館
2.『とある科学の超電磁砲(6)』 冬木基 アスキーメディアワークス
3.『イグナクロス零号駅(4)』 CHOCO アスキーメディアワークス
4.『ゼロの使い魔(20)』 ヤマグチノボル MF文庫J
5.『パニッシュメント』 江波光則 ガガガ文庫
6.『ベン・トー (7) 真・和風ロールキャベツ弁当280円』 アサウラ スーパーダッシュ文庫
7.『はるかかなたの年代記 (2) 荒ましき驃騎兵』 白川敏行 スーパーダッシュ文庫
8.『テンプテーション・クラウン』 雪野静 スーパーダッシュ文庫
9.『丘ルトロジック(2) 江西陀梔のアウラ』 耳目口司 スーパーダッシュ文庫
10.『犬とハサミは使いよう』 更伊俊介 ファミ通文庫
11.『四畳半王国見聞録』 森見登見彦 新潮社
12.『TYOゴシック』 古川日出男 モンキーブックス

買った。

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2011.02.25

『インシテミル』

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インシテミル』(米澤穂信/文春文庫)

単行本を購入した後に文庫版も購入して読んでいるとか自分は一体どれほどの信者なのかと言う気もするけど、ふと単行本の感想を書いてなかった事に気がついたので文庫版の感想を書くことにします。と書くと我ながらものすごく不毛なことをしているのような気がしてくるけど、あまり考えないようにしていきたい。

そろそろ冒頭で言い訳をするのが楽しくなってきました。

さて、この作品はおそらく米澤穂信の本格ミステリに対する愛情がこれでもかと詰め込んだ作品になっていると思いますが、愛が高じすぎて半ばアンチと言うかDISになっているように思うのはたぶん気のせいではないでしょうね。物語の細部までに「本格ミステリ」的な様式(お約束とも言う)を、これでもかと敷き詰めており、非常に「ミステリ的な」作品です。ただ作者がさらに注意を払っているのは、そうしたミステリ的な様式が”現実的に存在した場合の不合理”と言う点だと思われます。つまり、ミステリ的なお約束な舞台や小道具が存在しうる環境、そしてそうした事件に巻き込まれた時の人間の行動までを視野に入れています。

つまり、実際にこんな極限状態に陥ったら、いちいち”見立て殺人”(に代表されるミステリトリック)なんて気にしてられねーよ、と言うことです。謎を解くことより生き残ることの方が大事だし、生き残るためにはどんな手段だってとる。得てしてトリックを無視する登場人物はミステリとしての物語を阻害する要因になるので、排除されるものですが、この作品ではそのような登場人物がわりと最後まで生きています。と言うかぶっちゃけて言うと、最終的に謎とかがどうでもよくなり、登場人物たちはてんでばらばらに行動しだします。象徴的なのが語り手の青年で、本来ならば探偵役を務める立ち位置にいながら、物語の終盤に事件に関与することをやめて安全地帯に逃げてしまいます。そして、そこで彼はミステリ愛好者であることを告白するあたりはもはやギャグと言ってもいいでしょう。作中で起こる見立てや展開などは大体読めているのに、それを無視する登場人物たちのせいで一向に事件を解決できない。彼が安全地帯に行ってしまったのも、ある意味においてそんな状況に辟易したからだ、と思えるのは穿ちすぎでしょうか。

そして(青年が傍観する中で)殺人事件の方は(勝手に)クライマックスを向かえて、それについてあーだこーだと論評する主人公+一人の会話は、完全に出来の悪いミステリを論評する文脈になっており、非常になんだかなあ、と言う想いが湧き上がってきます。安全地帯にいれば、悲劇と言うのはものすごく滑稽なものでしかないんですよね。ここに至って”本格ミステリ読者”さえもDISり始めた米澤先生は本当にミステリ大好きなんだな、と思うのでした。

出来の悪いミステリ、と言う言葉を使いましたが、インシテミルの「舞台」で起こる事件そのものはすごくしょーもないです。主催者側が用意したヒントに登場人物は気がつかず、個々の事件が持つ意味は取り沙汰されず、”犯人”は好き勝手に動き回り、殺害の手段は別に技巧的でもない(うちの父もこれを読んだんですが、とてもつまらなかったと言っていました。うんまあ気持ちはわかるよ)。ただ、これは主催者側がへっぽこだったというか、ちょっと”ミステリに淫しすぎた”のが原因なんですよね。あっちは「気がつくだろう」と思って用意したヒントは、そんなもん、ミステリマニアにしか気がつかねえってーの。密室殺人とか、そんなもんを気にするのは警察かマニアだけだっつーの。つまり、ミステリ的なお約束と言うのは、登場人物たちが自発的に協力してくれないと成立しないケースが多々としてあるわけで、そんなもの、ミステリが読まない人はわかるわけないじゃんね、と言う。本当にひどい話ですね。

なので、この作品をミステリとして読むのは間違いです。アンチミステリと言うのも、実は的を外しているのかもしれません。ミステリとしてのお約束をちりばめながら、それらがことごとくスルーされていく展開に、言いようのないバカバカしさを感じさせる作品をなんと評するべきか・・・と考えた結果、これは不条理ギャグ小説なんじゃないかな、という結論に達しました。必死になってミステリドラマを現実に構築した主催者側を嘲笑うようにスルーして行く登場人物たちのKYっぷりは、もはやギャグとしか説明できない。まさに主催者プギャーな展開。まあミステリに限った話じゃないけど、往々にしてマニアという人種は、マイルールが世界の基準だと勘違いするところがあるので、そのあたりの隙を突いたギャグだとも説明出来るかもしれません。

少なくともミステリでは、あるいは映画(観ていませんが)のような生き残りゲームでもないことは間違いないと思います。

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2011.02.24

『蒼穹のカルマ(6)(7)』

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蒼穹のカルマ(6)(7)』(橘公司/富士見ファンタジア文庫)

また感想を書かない内に次の(以下略)。よってあわせて書く。またか。

なお、今回はネタバレなしでは何も語れない作品なので重要なネタバレをしております。本編を読んでいない方は決して読まないで下さい。よろしくね。

毎回、手を変え品を変えて、いろいろな角度から攻めて来る作品ではありますが、6巻は久しぶりにカルマらしいカオスな内容で楽しく読みました。一巻のさまざまな意味で突き抜けた内容に比べて、2巻以降はどちらかと言うとキャラクターに特化した内容になっていたと思いますが、それは安心できる展開である反面、ある意味において普通のライトノベルであり、ちょっと寂しい感じもあったんですね。しかし、6巻はキャラよりもギミックとトリックが主体になっていて、(これは感覚的な話になってしまうのであまり上手く説明できないんだけど)ライトノベルとしてのジャンルから半歩ほど踏み出した感じがあって。ジャンルを横断的に、意識的に無視して異なる視点を持ち込む(それも複数を同時に)ところに、一巻で感じたカルマと言う作品に近いものを感じました。ギミックそのものは、SF的にはそれほど奇を衒ったものではないのだけど、ただ、それをライトノベルの、しかもキャラクター特化型小説に受け入れることが出来ると言うところは、やはり『カルマ』と言う作品の持つポテンシャルの大きさなんだな、と思えるのです。

6巻と7巻の内容は、ちょうど前後編の形になっています。6巻でカルマの身に起こる危機に対していかに犯人を見つけ出すかと言う捜査編、7巻は犯人とのラストバトルとその趣きは相当に違っていますね。個人的には6巻で繰り出されるあるギミックによって、なんて書くのも飽きたのでネタバレしますが、時間遡行によって登場するさまざまな並行世界における未来の在紗が次から次に登場してくるところがすごく面白いと思います。これ、すごくコミカルに描かれていますけど、ものすごく重い話ですよね。カルマを救うために固い決意を持って時間遡行をしてきて、それでもなお何度もカルマは死んでしまう。今回、並行世界の在紗は幾人も出てきましたが、彼女らは、たとえ過去のカルマを救ったとしても、彼女の世界ではカルマは決して生き返らないはず。つまり、彼女らの目的はカルマの命を救うことそのものではなく、「カルマを救うことが出来た世界を残すこと」なのです。繰り返しますが、彼女らがたとえカルマを救えたとしても、自分の世界のカルマが生き返るわけではない。言うなれば、並行世界の出来事は、彼女らとはなんの関わりもないことでしかない(まさに”リサ”がそのことに気がついて絶望したように)。しかし、並行世界の在紗たちは、ただ可能性を残すというただそれだけのために決死の覚悟で時間遡行をしてきているわけです。可能性とはすなわち”カルマを「救えた」と言うただそれだけの事実”です。ただそれだけのために時間を遡行し、何度も失敗しながら、並行世界の自分に知識を残すことを繰り返す。そこにはひどく気高い意思を感じます。ただ”救いたい”と言う願い。もちろんそこにはカルマを救ったという実感を得たいという想いもあったに違いありませんが、それさえ得られれば自分には何も残らなくても良い。そのように肯定出来ること。そこが”リサ”が到達できなかった精神でした。

ただ、”リサ”の場合と他の在紗には明確な差があって、”リサ”にとっては”犯人”がいないということです。彼女には、カルマを救うために対決するための”敵”がいなかった。彼女からカルマを奪ったのは、ただの偶然でしかなかった。だから”救う”ための行動を起すことさえも出来なかったわけです。誰かを憎み、戦うことさえも出来なかった。それゆえに彼女にとって、カルマが失われたことはひたすらの喪失感を生み、喪失感を埋めるためにカルマを取り戻すことを近います。その意思自体は悪でもなんでもありませんが、並行世界をいかに巡っても、”そこにいるカルマは別人であり、自分の世界とは何のかかわりも無い”と言う事実には絶望しか出来ませんでした。「なぜ自分だけが失われるのか」と言う嫉妬の念によって、己の絶望を撒き散らす存在と成り果ててしまった”リサ”自身が、他の在紗たちにとっての”敵”(おそらくリサ自身がだれよりも望んでいた存在)となってしまったのはなんとも皮肉なことと言う他はないでしょう。そして、逆説的ですが彼女の存在こそが他の在紗たちの”気高い意思”を導いたともいえるわけです。敵があってこそ、希望もある。絶望を”敵”によって与えられたからこそ、”戦うことが出来る”のです。絶望を与える存在であるとともに希望そのものでもある。己がもっとも望み、憎んだ存在になったリサ。実に皮肉的といわざるを得ません。

それゆえ、”敵”となった彼女が最後に救われるためには、他の在紗たちと同じ場所にたどり着くことが必要でした。そのために必要であったのが、”カルマのために戦うこと”であったのは、実に納得の行くところです。カルマを取り戻すために在紗と戦い、最終的に槙奈によってカルマと思い出を取り戻したリサは、カルマが死んだとしても、カルマと過ごした日々は失われたわけではないということについに至ります。陳腐な言い回しですが、カルマは自分の中に生きていると言うこと。これは、リサによってカルマを失った在紗たちが至った位置と良く似ていますね。彼女らも、自分たちの世界ではカルマは死んでおり、何をしようとも生き返らせることは出来ないにしても、それでもカルマを救うと言う”行為”そのものに意味を見出している。そこに共通するものは、自分が生きている限りカルマとかつて過ごした日々は失われることはなく、彼女らが思い出を忘れないために戦った。リサもまた、戦う理由を取り戻したのです。

敵のいないことに絶望したリサが”敵”となり、在紗たちの”敵”として戦ったことで、在紗たちと同じ領域にたどり着くというのは、皮肉でもあるし、この上ない救いでもあるように、自分は思います。

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2011.02.23

買ったもの

1.『ニンギョウがニンギョウ』 西尾維新 講談社ノベルス
2.『結界師(33)』 田辺イエロウ 小学館
3.『絶対可憐チルドレン(25)』 椎名高志 小学館
4.『魔法先生ネギま!(33)』 赤松健 講談社
5.『Pumpkin Scissors(14)』 岩永亮太郎 講談社
6.『ヨルムンガンド(9)』 高橋慶太郎 小学館
7.『蒼穹のカルマ(7)』 橘公司 富士見ファンタジア文庫
8.『神さまのいない日曜日IV』 入江君人 富士見ファンタジア文庫
9.『クォンタムデビルサーガ アバタールチューナーⅠ』 五代ゆう ハヤカワ文庫JA
10.『共和国の戦士(2)星間大戦勃発』 スティーブン・L・ケント ハヤカワ文庫SF
11.『碧空の城砦(1) (マラザン斃れし者の書)』 スティーブン・エリクソン ハヤカワ文庫FT
12.『シオンの血族(2)』 杉井光 一迅社文庫
13.『羽月莉音の帝国(6)』 至道流星 ガガガ文庫
14.『人類は衰退しました(6)』 田中ロミオ ガガガ文庫
15.『むやみに分裂!!邪神大沼(6)』 川岸殴魚 ガガガ文庫
16.『ケモノガリ(3)』 東出祐一郎 ガガガ文庫
17.『花咲けるエリアルフォース』 杉井光 ガガガ文庫

買った。

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2011.02.22

『黒のストライカ(1)(2)』

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黒のストライカ(1)(2)』(十文字青/角川スニーカー文庫)

ぼんやりしているうちに2巻が発売されてしまった。1巻の感想をまだ書いていない。最近はこんなのばっかりだな。と言うわけでまとめて。

十文字青先生の新シリーズとなります。一読して十文字先生、随分とエンターテインメントの方向に舵を切ったな、と言う印象を受けました。キャラクターの描き方、要素の作り方、主人公の造型、行動の様式、それらすべてが実にライトノベル的なお約束を踏まえており、真面目に、と言うのも変ですが、ライトノベルを描こうとしているように思えました。主人公は強大な力を持つ闇の宗子(ストライカ)として、今では平凡な人間としての日常を送っている。しかし、一族最後の生き残りとなった自分に否応なしに介入しようとする諸勢力と、己の日常を守るために対峙していくことになります。彼の守る日常の中には、彼が誰よりも大切にしている少女がいて、彼は彼女には何も知らせないまま(知らせないことを誓い)、戦いに身を投じます。最初から特別な存在が、平凡を守るために戦う。物語としては非常にまっとうなところであると言えるでしょう(ただ、実は学園異能的にはそれほど多くはないタイプではあります。日常を逸脱するのではなく、守るために戦うと言うのは、オーソドックスからは少しひねってますね)。勿論、彼の周囲にはさまざまなヒロイン達が集まってきたりして、まあハーレムハーレムな展開になっていきます。正直言って、ここまでライトノベル的に描くとは思わなかったので、ちょっと意外に思いました。ただ、読んですぐ、ああ、中身はいつもの十文字先生だな、と思ったのではあるけれど。

そもそも十文字先生は、薔薇のマリアシリーズもそうですが、人間の弱さに対する十文字先生の信念(信仰の方がしっくりくるかな?)を描きこむ作家です。人間は弱く、脆く、一人でいることを恐れながら、繋がる事に怯えてもいる。正しくありたいと願っていても、それでもどうしようもなく己の弱さに溺れていく人々。そのもがきの中で、人は弱さと向き合い、時に逃げながら付き合っていく。人間の弱さに対して、非常に強く共感している人だと思います(妄想ですけどね)。

翻ってこの作品を省みると、特別に選ばれた強大な力を持つ存在であるはずの主人公が、あちこちでどうしようもない駄目人間なスメルを感じさせてくれます。実際にはバトルでは無敵であり、過去に宗子としての教育を受けているので、人の上に立つということも良く分かってはいる。一方で、日常の中では、好きな女の子に対して、まともに気持ちを伝えることも出来ないヘタレっぷりも見せ付けてくる。彼にとっては非日常バトルなどよりも、好きな女の子が何を考えているのかを知ることの方が重要だし、ひょんな事から助けた吸血鬼の少女のナイスバディにちょっとくらくらしたり、なんだか誘惑してくる後見人(監視役に近い)の少女にドギマギしたり、幼馴染のロリ少女の同衾したりしていることの方が重要なのです(・・・いや、重要だよねえ?オトコノコとしてはさ)。まあとにかく、そうした日常描写から見るに、そこには己にコンプレックスと焦燥を抱え、鈍感だったり、性欲に振り回されたりする、ほどよく駄目で一生懸命な、当たり前の少年であると言うことが垣間見えてくるのです。

そして、彼自身は、無敵で最強の黒のストライカであるよりも、平凡な日常で右往左往するヘボヘボな少年であることを望んでいるあたりに、不思議な感覚を受けますね。彼は、”強い自分”にはさして興味はなく、”弱い自分”こそが本当の自分であると思っている。駄目な自分こそが必要な自分だと思っている。周囲の思惑で否応なしにその想いに反した行動を取らされるのだけど、それらが済んだら、すぐにでも駄目な自分を取り戻そうとしている。そこには、”駄目な自分”と付き合っていくという作者のいつものテーマであって、つまり”強さ”とは”弱さ”を否定するのではなく、”弱さ”を守るためにこそあると言うことなのではないかと思うのです。

弱さは強さの対立項ではない。隣人なのだ。つまりはきっと、そういうことなんでしょうね。

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2011.02.21

『不堕落なルイシュ(2)』

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不堕落なルイシュ(2)』(森田季節/MF文庫J)

って終わりかよ!と、呆気にとられてしましたました。世界を敵に回した主人公が、いかようにして、ヒロインを犠牲にしようとする”空気”に抗っていくのかを期待していたのだが、ついに最後まで妹に頼りっぱなしだったよ!?と言うか、”空気”に抗っているのは明らかにルイシュであって、主人公はひょっとしてただの狂言回しの役割だったのか・・・?そもそも、主人公は万能人間であることはすでに前提としてあって、あとは如何なる”中身”と言うか、意思を吹き込むかが問われると思ったのだけど、どうも森田先生はビルドゥンクスにまるで興味が無いみたいだ。どういうことかと言うと、そもそも主人公が強くなる必要なんてまったくなくて、世界に抗うのであれば、その意思を持つ人間を信頼して委ねることもまた取り得る手段であるとも取れると言うこと。そりゃまあ確かに英雄になる必要なんて無いんだけど、だからといって、妹に力の意義や覚悟を投げっぱなしにして、主人公はそれを回避してしまうのはどんなものなのか、思わずにはいられない。

ただ、そのように”英雄”として世界を支配してしまった男が”父親”であることを考えれば、そもそも世界は英雄を必要としてしていないのだ、と言う意図もあるのかもしれない。主人公の父親が世界になした事と言うのは、まあ実はあんまり語られてはいないんだけど、それでもこのような世界を生み出してしまったことの元凶の一人であることは間違いない(すべてではないと思うけど)。つまり、英雄とは幻想であって、幻想であることを忘れた時、英雄は多くの人々に災いを為すものになってしまう、と言うこと。そのことを決して忘れるな、幻想を幻想と知りつつ、それを支えて生きよ、と言うものなのかもしれない。そう考えるとえらくシビアな結末であるようにも思えます。

幻想と言えば、そもそも主人公は世界(”セカイ”かもしれない)を敵に回して守るべき個人的なモノを得ることで、与えられたルールに抗う事ができたわけだけど、守るべき個人的なモノというのが、そもそも世界に属するものだった、と言うのはなかなか皮肉が効いたオチだったね。正直、そこまで守るべき個人と、立ち向かうべき世界の対比が出来ていたようには思えないんだけど(あるいは作者の興味がそこには無いのかもしれないが・・・)、この点は実にセカイ系に対する皮肉として機能していて、あまりにもセカイ系的な作り方をしている物語が、実はセカイ系を否定しているところは良いところだと思います。アンチセカイ系の描き方と言うのは、世界の個人の間に置く社会を詳細にかつ複雑に描くことから始まると思っていたけど、個人の問題がそもそも世界と対立”しない”(対立しているように見えるのは本人の勘違い)と言う描き方もあるんだ、と言うのはコロンブスの卵のような驚きを感じました。そんなやり方もあるんだなーみたいな。

その意味では、なかなかにエッジが効いている作品であったように思います。まあ、今までの作品に比べると、ちょっと視点の着地点が当たり前かな、と言う気もするけど。かなり道徳的に正しい話だもんね。

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2011.02.17

『じんわり君臨!! 邪神大沼(5)』

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じんわり君臨!! 邪神大沼(5)』(川岸殴魚/ガガガ文庫)

相変わらず非常にくだらない。もちろん良い意味で。今まで延々と脇に置き続けたグールCにスポットが上がり、彼の最後の瞬間が描かれる。カリスマと知性と兼ね備えた腐った死体であるグールCが、生徒会長を引退するとき、彼の後継者争いが勃発する。邪神にして生徒A的な本来ならばモブキャラレベルの存在感しかない主人公の(はずの)大沼は、果たして生徒会長選に出馬をするのか?たぶん勝てそうもないのでやめた方が身のためだが、そんな当たり前の行動が許されるのならば、そもそも邪神になどなってはおるまい。ヒロインにさえ(本当に)邪険にされつつ恋愛フラグの立ちそうな相手はスターターキットのナナだけと言う悲しみを背負った大沼の明日はどっちだ、みたいな話。たぶん。

そういうわけで生徒会長選挙の回なのだけど、グールCと言う今まで育ててきた手札をここで切るとは、作者も惜しげも無いといわざるを得ない。正直、グールCが動きときはこの作品が終わる時だとさえ思っていたので、まさかシリーズ終了が近いのか?などと思うと不安でいっぱいだ。まあそれはともく。

基本的にやる気も人気もないのに無理矢理立候補をさせられた大沼が、流されるままに演説、ネガキャン、人気取りなどに奔走しつつ、対立候補を戦っていく話になる。普通、こういう話だと、活動を通じて主人公がなにやら感得するものがあったりするものだろうが、そこは作者一流のセンスによって、見事なまでにろくなことにならない。もともとは乗り気ではなかったとは言え、一応、大沼君とは真面目にやっているのに、まったく報われない上に人間的成長にも結びつかないあたりはさすがと言わざるを得ないところです。このあたり、読者に媚びずに己のユーモアを貫くという姿勢には感福するほかはない。

クライマックスにおけるディベートのシーンさえも、なんとなく場面は感動的なような気がするのだけど、冷静に考えるとはやっぱりグダグダで、それが作中にさえも共通認識になっているところが良かった。大沼君が出せる精一杯であるということは明確に語りつつ、それが持つ限界と、同時に希望(全員には届かなくても、(特定の”誰か”には届いたかもしれないと言う希望)を示しているように思える。そこを物語の安楽さに逃げるのではなく、きちんと言葉に対して向き合っているという感覚がある。

それは、あくまでもユーモアに包みながらも、現実の冷酷さとはかなさから目を背けずにいるという意味で、非常に誠実な描き方であると思えるのです。

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買ったもの

1.『バビル2世ザ・リターナー(2)』 原作:横山光輝 漫画:野口賢 秋田書店
2.『仮面のメイドガイ(13)』 赤衣丸歩郎 角川書店
3.『幕末魔法士(2)大坂鬼譚』 田名部宗司 電撃文庫
4.『狼と香辛料(16)太陽の金貨(下)』 支倉凍砂 電撃文庫
5.『アクセル・ワールド(7)災禍の鎧』 川原礫 電撃文庫
6.『神様のメモ帳(6)』 杉井光 電撃文庫
7.『装甲悪鬼村正 魔界編(1)』 原作:ニトロプラス シナリオ:後藤みどり 漫画:銃爺 秋田書店
8.『キガタガキタ!(2)―「恐怖新聞」より』 西条真二 秋田書店
9.『ケルベロス(5)』 フクイタクミ 秋田書店
10.『あるいは現在進行形の黒歴史(3) -わだつみの海妃が俺の嫁?-』 あわむら赤光 GA文庫

最近は本を買ってないような気がするなあ。

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2011.02.15

『天体の回転について』

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天体の回転について』(小林泰三/ハヤカワ文庫JA)

この表紙はある意味において内容を正確に反映しているのだが、あまりに正確に反映しているので、比喩の対象になっている方々には不愉快な思いをするのは間違いなく、アマゾンのレビューでやたら低い点がついているのは明らかにその所為なんだけど、作者がそれを見てニヤニヤしているのが目に浮かぶようである。

こんな萌え表紙に対して中身はどうなっているのかと言うと、相変わらずのハード、エログロ、ホラーなSFが揃っておりまして、さらに作者一流の悪趣味なボンクラセンスを大盤振る舞いであり、ファンには大変優しい内容になっておりますのでご安心ください。大変に厭な気持ちになれますよ。

短編集なのでたまには各話感想。

「天体の回転について」

表題作。科学文明が崩壊した後、原始的な生活を営む人類の一人である主人公が、軌道エレベーターで宇宙に旅立つ話。高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないと言いますか、科学的な理論が崩壊した後に残るのは未知に対する畏怖だけ、と言う切なさが魅力。・・・と言うのは一面的な話で、そうした未知なる存在に対して、少女に対する恋だけで乗り越えていくと言うのがもう一方の主題。それ自体はすごくまっとうな話なんですが・・・その美少女の存在があまりに空虚で代替の効くモノでしかないというあたりが実に悪趣味と言うか嫌らしいですね。少年が少女を表層的にしか見ることしか出来ない(本質を理解出来ない)と言うあたりも、大変激烈なDISでございます。

「灰色の車輪」

ロボット三原則をテーマにした話。現実問題として(ってのも変な話だけど)、ロボット三原則があったらどんな風に運用しているのかと言うあたりを描いているんだろう。このあたりになるとほとんど思考実験みたいな一発ネタなので、物語云々の問題ではなさそう。いかにしてルールの隙間を突くかと言う、ミステリみたいなものだな。あと最後のロボットのネーミングネタについてはアホかと思った。この読者を脱力させることに賭ける作者の情熱はどこから来るのか・・・。

「あの日」

はるか未来のとある場所で、20世紀を舞台にした小説を書こうと悪戦苦闘する書き手と駄目出しを続ける教師が延々とナンセンスな会話を続ける大爆笑必至のシチュエーションコメディ。20世紀とは物理法則さえも異なる環境で育った書き手が、20世紀の常識を上手くイメージ出来ずに変な話ばかり書いてしまうという、これまた多方面への大変なDISが魅力。「重力が下へ働く」と言うことさえも実感していない人が書いた小説とはこんなにも滑稽なものか、と思ったら作者の罠に嵌ってる。まあ、自分でも良く分かってないことは書くもんじゃねーよなホント。それでも書きたくなる衝動ってのもあるんだけど。オチはやっぱりひどい。

「性交体験者」

女性恐怖症が現実的に存在した世界でのエロティックハードボイルド・・・だと思う多分。こんな世界で男はどうやって生きていけば良いのだ。作中で登場する男性たちの挙動に最終的に無理も無いなあと思うようになることを考えると、ある意味草食系男子に対するエールなのかもしれないな。女性はマジ恐いから気にすんな!みたいな。何の解決にもなってないが。

「銀の舟」

かの有名な『人面岩』に取り付かれた女性が辿りついた先で目にしたものとは。人面岩を目指す過程に主人公の狂気があって普通に面白いのだが、最後の最後ですべてがひっくり返るカタルシスとも脱力感ともつかない感覚もいい。既成概念と言うか、当然の前提がひっくり返される感じ。

「三〇〇万」

これがスパルタだ!!と言う話。科学が発達したって知的になるとは限らんぜよと言う話だけど、どっちかと言うと無邪気な進歩論に対するDISのような気がする。”文明化”をすることが正しいなんてのは勝手な押し付けに過ぎないわけで、”野蛮”であっても同時に”知的”であることは成立するのです。まあだからと言って、”野蛮”を押し付けられるのも迷惑なわけで・・・。どっちもどっちだなーと思えてしまう辺りが実に嫌らしくていいですね。

「盗まれた昨日」

心の所在はどこにあるのかって話。記憶が自由に取替えが可能になった時、果たして”自分”を証明するものはどこにあるのか、と言うわけである意味でSFの定番と言えます。ただ、作者の悪趣味っぷりはここでも発揮されており、昨日までの美少女(しかも百合っぽい)は、今日の中年で小汚いおっさんに・・・。む、むごい・・・。そのくせ途中はサスペンスフルに、最終的にリリカルに終わったりして、まあカオスな作品だよな。

「時空争奪」

来ました!作者が大好きなクトゥルーSFです。最高にグロテスクなコズミックホラーなのに量子論満載のハードSFだぜー萌えるわー(誤字ではない)。ようするに時間改変ものなんですが、”時間”の扱いが大変に入り組んでいて、”時間”、ひいては”歴史”を侵略されることの恐怖がこれでもかと描かれます。”歴史”そのものが「そっくりそのまま乗っ取られ」、過去の乗っ取りが現在に「追いついてくる」とか、一読しては理解が追いつかないけど超たのちい。「過去が侵略される」と言うことがどういうことなのか偏執的に描いているので大変に厭な気持ちになれるのが素晴らしい。

 

以下総括。一部を除いて、「現在、あるいは現実とはまったく異なる文化的、生物的な背景を持つ社会で起こる出来事」が描かれている作品でした。我々の常識からすれば奇異に写るものの、それはその社会にとっては、当たり前に起こりうる可能性のある出来事なのですね。価値観や常識など、時間と場所が変わればいくらでも変化しうる。特に数百年、数千年のスパンで見れば、現在などと言うのは一瞬の出来事に過ぎない。当たり前だと感じていることが当たり前ではなくなる時がいつか来る。そんな「いつかどこかでは当たり前の世界」の存在を感じさせてくれるという意味で、ワンダーな作品であったと思います。

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2011年1月に読んだ本

1月の読書メーター
読んだ本の数:39冊
読んだページ数:9357ページ

夢の上〈2〉紅輝晶・黄輝晶 (C・NOVELSファンタジア)夢の上〈2〉紅輝晶・黄輝晶 (C・NOVELSファンタジア)
前回描かれなかった部分が明らかになることで物語の転換がある。次でも引っくり返されるのだろう。
読了日:01月28日 著者:多崎 礼
電撃4コマコレクション 放課後プレイ3 (電撃コミックスEX)電撃4コマコレクション 放課後プレイ3 (電撃コミックスEX)
ドSなお姉さんか思えば”受け”るとヘタれるところがたまらん/ラストはお姉さんが男前で良かったね彼氏。
読了日:01月28日 著者:黒咲 練導
嵐の伝説(2) (少年マガジンコミックス)嵐の伝説(2) (少年マガジンコミックス)
梓がメガかわゆい。さらに胸キュンで甘酸っぺえ。まあ表紙ではこんなんですが。
読了日:01月27日 著者:佐藤 将
超人ロック 嗤う男 (2) (MFコミックス フラッパーシリーズ)超人ロック 嗤う男 (2) (MFコミックス フラッパーシリーズ)
今回は巨悪がいない、悪党どもが知恵を絞ってお互いを陥れる話みたい。ロックはほぼ活躍しないがそれも面白いな。
読了日:01月27日 著者:聖 悠紀
黒のストライカ2 (MF文庫J)黒のストライカ2 (MF文庫J)
一巻に比べれば大分ライトノベルになっていると思う。
読了日:01月27日 著者:十文字 青
華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
ミクロの話とマクロな話を同時に進めていって最終的に人類の感動的な黄昏を描かれてはもはや脱帽。
読了日:01月27日 著者:上田 早夕里
真マジンガーZERO 4 (チャンピオンREDコミックス)真マジンガーZERO 4 (チャンピオンREDコミックス)
正義とはすなわちシグルイである。狂気に荒ぶりて為すものなり。
読了日:01月26日 著者:永井 豪,田畑 由秋
無限の住人(27) (アフタヌーンKC)無限の住人(27) (アフタヌーンKC)
滅び行くものたちが、それでも明日を生きるために今日を死に急ぐ。
読了日:01月26日 著者:沙村 広明
ぽすから (2) (まんがタイムKRコミックス)ぽすから (2) (まんがタイムKRコミックス)
ただ一緒の時間を過ごすと言う事のありがたさ。
読了日:01月26日 著者:中村 哲也
伏 贋作・里見八犬伝伏 贋作・里見八犬伝
伏とは人の浅ましさと愚かさを一身に背負い、猟師に狩られる事で完結する。それは人の業がもたらす供犠にも似て。
読了日:01月26日 著者:桜庭 一樹
郭公の盤郭公の盤
最高にボンクラな小説です。グロテスクホラーに和の心は良くマッチいたしますね。
読了日:01月21日 著者:牧野 修,田中 啓文
ロマンス、バイオレンス&ストロベリー・リパブリック 2 (ガガガ文庫)ロマンス、バイオレンス&ストロベリー・リパブリック 2 (ガガガ文庫)
主人公のシンプル過ぎる価値判断は兵士としては正しいとは思うけど、個人的には好きになれないな…。
読了日:01月21日 著者:深見 真
とある飛空士への恋歌 5 (ガガガ文庫)とある飛空士への恋歌 5 (ガガガ文庫)
3巻分くらい圧縮していてドタバタしているなあ。/大きな状況まで視野に入れているのは良い。
読了日:01月21日 著者:犬村 小六
ブラック・ラグーン 2 (ガガガ文庫)ブラック・ラグーン 2 (ガガガ文庫)
とぼけてはいるけど真面目な諜報アクションだったような・・・。真実なんて一個もねーよ、みたいな。
読了日:01月21日 著者:虚淵 玄
コップクラフト 3 (ガガガ文庫)コップクラフト 3 (ガガガ文庫)
ヒロインの年齢設定変更の効果が如実に表われた感じがしますね。
読了日:01月21日 著者:賀東 招二
はじめてのあく 8 (少年サンデーコミックス)はじめてのあく 8 (少年サンデーコミックス)
カップル成立寸止め漫画ですなこれ。
読了日:01月20日 著者:藤木 俊
月光条例 12 (少年サンデーコミックス)月光条例 12 (少年サンデーコミックス)
藤田先生の「過去編をやったらついうっかり本編より力が入っちまった」が来るのか…。
読了日:01月20日 著者:藤田 和日郎
史上最強の弟子ケンイチ 41 (少年サンデーコミックス)史上最強の弟子ケンイチ 41 (少年サンデーコミックス)
フレイヤさんに萌え転がっている人間がここに一人おります。
読了日:01月20日 著者:松江名 俊
マギ 7 (少年サンデーコミックス)マギ 7 (少年サンデーコミックス)
なんかいろいろ納得の行く展開。少年漫画でこう来るかー、みたいな。
読了日:01月20日 著者:大高 忍
ツマヌダ格闘街 9 (ヤングキングコミックス)ツマヌダ格闘街 9 (ヤングキングコミックス)
達人の領域をいつまで理屈付けられるのか。正念場かもしれない。
読了日:01月15日 著者:上山 道郎
顔のない女顔のない女
”顔の無い女”が好きで好きでしょうがないのでバーテンダーは爆発すればいいと思います。
読了日:01月15日 著者:高橋葉介
マルドゥック・スクランブル(4) (少年マガジンコミックス)マルドゥック・スクランブル(4) (少年マガジンコミックス)
原作に手を入れることをまったく恐れない作者パネエ。
読了日:01月15日 著者:大今 良時
ブギーポップ・アンノウン 壊れかけのムーンライト (電撃文庫)ブギーポップ・アンノウン 壊れかけのムーンライト (電撃文庫)
”自分こそが”と思ってたら実は無関係だったという取り残され感が良いです。
読了日:01月10日 著者:上遠野浩平
リアル (4)リアル (4)
困難を正しく乗り越える人がいる一方で、それに敗北する人がいるという厳しいリアル。
読了日:01月10日 著者:井上 雄彦
リアル 3 (Young jump comics)リアル 3 (Young jump comics)
”障害”に打ちひしがれる人、甘える人、乗り越える人。それは”感動的な物語”はない。
読了日:01月10日 著者:井上 雄彦
ヒマツリ  ガール・ミーツ・火猿 (角川スニーカー文庫)ヒマツリ ガール・ミーツ・火猿 (角川スニーカー文庫)
悪くはないけどそんなに面白いと言う感じでもない。
読了日:01月10日 著者:春日部 タケル
絶園のテンペスト 3 (ガンガンコミックス)絶園のテンペスト 3 (ガンガンコミックス)
全員が最善手を追及している結果生じる危うい糸の上に成り立つ駆け引き”だけ”で構築されているのがすげえなあ。
読了日:01月09日 著者:城平 京,左 有秀,彩崎 廉
死神姫の再婚―孤高なる悪食大公 (B’s‐LOG文庫)死神姫の再婚―孤高なる悪食大公 (B’s‐LOG文庫)
カシュバーン様は童貞は童貞でも攻撃的童貞だな。/しかしアリシアのハーレムメイカーっぷりが甚だしく…。
読了日:01月09日 著者:小野上 明夜
死神姫の再婚 -鏡の檻に棲む王- (B’s‐LOG文庫)死神姫の再婚 -鏡の檻に棲む王- (B’s‐LOG文庫)
ゼオさんはラスボスと言うより攻略難度の高いヒロインと言う感じだなー。
読了日:01月09日 著者:小野上 明夜
リアル 2 (Young jump comics)リアル 2 (Young jump comics)
「障害」を持つ人が前へ進み、「健常」な人が足踏みする。「常識的な価値観」からすれば転倒した状況になってる。
読了日:01月09日 著者:井上 雄彦
リアル 1 (Young jump comics)リアル 1 (Young jump comics)
挫折の深さが恐ろしいレベルで描かれている。「リアル」とはそういう意味か。
読了日:01月09日 著者:井上 雄彦
機械の仮病機械の仮病
機械化病と言うガジェットの存在する世界での「普通の話」でした。
読了日:01月09日 著者:秋田 禎信
バビル2世ザ・リターナー 1 (ヤングチャンピオンコミックス)バビル2世ザ・リターナー 1 (ヤングチャンピオンコミックス)
バビル二世の今回の敵はアメリカ!…いや、まあ、現代的ですよね。
読了日:01月04日 著者:横山 光輝
生贄のジレンマ〈下〉 (メディアワークス文庫)生贄のジレンマ〈下〉 (メディアワークス文庫)
「現実」に回収しないことにかけては定評のある作者らしい結末であった。
読了日:01月04日 著者:土橋 真二郎
量子真空 (ハヤカワ文庫SF)量子真空 (ハヤカワ文庫SF)
1216頁もかけてなにも終わってないよ…。しかし、無駄な部分があるかと言うと思いつかない。
読了日:01月04日 著者:アレステア レナルズ
夜が運ばれてくるまでに (メディアワークス文庫)夜が運ばれてくるまでに (メディアワークス文庫)
ライトノベルと絵本の融合か・・・。テーマはラノベ、でも表現は絵本なのよね。
読了日:01月04日 著者:時雨沢 恵一
薔薇のマリア  15.愛も憎しみも絶望も (角川スニーカー文庫)薔薇のマリア 15.愛も憎しみも絶望も (角川スニーカー文庫)
エピソードの大盤振る舞いに、本当にキツキツな構成なんだなあと思った。
読了日:01月04日 著者:十文字 青
ミスマルカ興国物語 VIII (角川スニーカー文庫)ミスマルカ興国物語 VIII (角川スニーカー文庫)
ルナス姫の強烈なヒロイン力に驚き。このままメインヒロインになってもおかしくない。
読了日:01月04日 著者:林 トモアキ
めだかボックス 8 (ジャンプコミックス)めだかボックス 8 (ジャンプコミックス)
どうも描写が綺麗すぎてマイナスの気持ち悪さが伝わらないんだ。そこが残念。
読了日:01月04日 著者:暁月 あきら

読書メーター

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2011.02.14

『保健室登校』

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保健室登校』(矢部嵩/角川ホラー文庫)

また変な小説を読んでしまった。”変”と言うのにもいろいろなケースがあるものだけど、この作品については「狂ってる」と言う形容をしたくなるタイプの作品。文章自体が頭がおかしくなるような変態的な文章だし(いわゆる美文とはかけ離れたタイプ)、作品内における物語そのものも、実に不安定でアンバランスなものになっています。

この作品の特徴的なところは登場人物たちの思考がナチュラルに狂っているところですが、なによりもこの作品を異質なものたらしめているのは、登場人物たちの狂った思考そのものは作中では”正常なもの”として扱われているところでしょう。まるで人間とは大なり小なり”常軌を逸している”のが当然であり、それが”正常”であるのだ、と言わんばかりです。作中の登場人物たちは、明らかに異常な事態においても、その状況を淡々と受け入れて日常を維持しようとします。もちろん異常な事態にはびっくりするのですが、しかし、「世の中と言うのはそういうものなんだ」とあっさりを受け入れてしまうんですね。明らかに異常な出来事を、異常だと受け取ることが出来ないあたりに”学校”と言う外部と隔絶した異世界を、ある意味において鋭くカリカチュアライズしているように感じました・・・が、勘違いのような気もする。ただ、どんなり理不尽なこと(それこそ、道徳や常識はもとより、人間の命や倫理観さえ無視した異常な出来事)を押し付けられても、それに抗う術も無く流されてしまうという、”社会の都合に翻弄されることしか出来ない”と言う意味では、子供の持つ世界観として強いリアリティを感じました。

登場する少女たち(基本的に視点はとある少女たちになります)は、自分の遭遇する出来事に「おかしいな?」と薄々は分かっているんですが、しかし、それを判断し、拒否するためには、彼女は絶望的なまでに”理解”が足りない。ちょっとひどい言い方をすると、彼女たちには「おかしいことをおかしい」と判断する知識と判断力に欠けている。その愚かさゆえに彼女たちは恐ろしい出来事に遭遇することになります。彼女たちがおかしなことに抗えば、あるいは事態は変わった可能性もあったのに(悪化する可能性もあったけど)、それを”分からないから受け入れることしか出来ない”。しかし、子供にとって世界とは未知に満ちているのだと言うことは忘れてはならないとも思います。子供にとって、世界とはこれほどに恐ろしいところなのだ、と。

そして、もう一つ興味深い点は、作者はおそらく次の感覚を踏まえているであろうこと。つまり「この世には正しいことなど何一つない」と言うものです。現代と言う時代は価値観が細分化されている時代であり、単純で唯一の”正しさ”が保証されない時代であると言われる事があります。その言葉の真偽はどうあれ、つまり”正しい事が教えられない”時代に生きる子供たちの違和がそこには生まれる。例えば「人を助けるのは正しい事」です。ただし、現代では「どうすれば助けることが出来る」のかが問題になります。ただ助けるとは、何を、どこまで、どのようにすればいいのか。それさえも”分からない”。それを愚かと言うのは容易いことですが、ならば賢いとはなんでしょう?どうすることが正しいのでしょう?

結局のところ、何が正しいのかと言う問いには答えることなど誰にも出来なくて、それぞれ自分で判断していくしかありません。正しさとはその時々によって移り変わり、言うなれば臨機応変(言い換えれば場当たり的)に対処することしか正しさと言うのは生まれてこない。けど、それは当然おそろしい失敗や誤りもあり、そのことに対する恐怖感をもまた確かにあるのです。つまり、この作品ではそれぞれの登場人物たちが”自分なりに”正しいことを判断していった結果、この上なく異常で残酷な事態に陥ってしまうというところに、作者の”正しさ”に対する皮肉めいた感覚が浮き上がっていて、とても面白いところだと思いました。

世の中、簡単に”失敗なんて気にするな”と言う人もいるけど、それで「取り返しがつかない失敗」をしてしまった時は、どうすればいいんだ?そんな作者の声が聞こえてくるような気がします。

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2011.02.10

『死者の短剣 惑わし』

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死者の短剣 惑わし』(ロイス・マクマスター・ビジョルド/創元推理文庫)

以下には作品のネタバレになります。未読の人で、自分のように読みながら呆気にとられたい人は回避をお願いします。

”基礎感覚”と言う特殊な能力を持った「湖の民」とそれ以外の「地の民」と言う二つの人種が暮らす国で、地の民の娘フォーンは、湖の民の警邏隊の出会った事で奇妙な運命に巻き込まれる。過去に妻を亡くした湖の民ダグは、悪鬼との戦いに巻き込まれたフォーンと出会い、助ける。二人は協力して悪鬼に立ち向かうが・・・と言うところから物語は始まります。フォーンは、いわゆる常に前向きで向こう見ずないわゆる行動的ヒロインで、なるほど彼女の行動によって、男やもめで陰のあるタグの背中を支えて活躍する話になっています。・・・・・・少なくとも最初は。いやーちょっとこれはびっくりしたなあわはは。

”悪鬼”と言うのは、一見人間に良く似ているものの、人間の範疇からは外れた不死の怪物で、奴らを倒すためには”死”と言う概念を押し付ける必要がある。そこで必要となるのが”死者の短剣”と言うアイテムの存在ですが、正直、このあたりの設定は”あまり意味がありません”。そもそも、悪鬼との死闘自体はなんと物語の中盤で解決してしまいます。いや、そこに至るまでには、フォーンとダグの交流があったり、ツンデレったり(主にダグが)するんですが、決着があっさりついてしまって、バトルこれで終わりかよ!!と開いた口が塞がりませんでした。

で、残った頁で何をするかと言うと、フォーンとダグは、まあロマンスでキャッキャウフフをしてラブラブになるんですが、なにぶん二人は地の民と湖の民と言う、お互いに隔意のある人種。さらに年齢差も親子ほどに違う(フォーンは確か10代~20代前半で、ダグは推測だけど40歳ぐらいかな?ロリコンか貴様ー!)。まあロミオとジュリエットと言うほどじゃないけど、あんまり結婚は歓迎はされない関係なわけです。

そこで始まるのは二人の”結婚奮闘記”。まずはフォーンの実家に言って、ダグが男らしく「娘さんを嫁に下さい!」と来るわけですよ。勿論、そう簡単には受け入れられなくて悪戦苦闘が続くのだけど、この結婚を認めさせる過程がものすごく詳細に、丁寧に描かれているのです。「あれ?自分は異世界ファンタジーを読んでいたはずなのに、なにこのNHKのドラマは?」と再びびっくり。

その結婚奮闘記パートがまた、いかにして結婚を認めさせるかと言う駆け引きや、強行に反対する家族に、一人賛成してくれるおばあちゃんとか、ものすごく”日常劇”としての品質も高く、作者はガチでやっているのが良く分かるので、決して中途半端な感じはしないし、面白いものになっているように思います。

つまりこの作品は「大変な冒険を共に過ごした男女が恋愛関係になるのはフィクションでは良くあることだけど、それから実際に交際を始めたら大変なのよ?」と言う話なのですね。その恋愛感情が非日常が生んだ幻ではなく、それ以降も継続して持ち続けうる本物であることを周囲に示さなくてはならないという、ものすごく”現実的”な話です。なんと言うか、異世界ファンタジーロマンスの”裏側”を描いているような感じです。意外とありそうでなかったその発想にすごく感心してしまいました。

まあ、こういうことはハーレクインでやれ、とちょっと思ったことは内緒です。

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2011.02.09

『エルフの血脈 <魔法剣士ゲラルト>』

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エルフの血脈 <魔法剣士ゲラルト>』(アンドレイ・サブコフスキ/ハヤカワ文庫FT)

世界はまだ人間にとっては暗くて遠い夜の中、焚き火の明りに誘われて人々は集う。地位も目的もまるで異なる人々が、吟遊詩人の歌を聞いて一時の冒険に夢を馳せる。かの魔法戦士、ゲラルドを知るものはいるか?あの冷酷な殺戮機械の?然り。弱きものの守護者の?然り。エルフの魔法戦士である彼の所業は陰謀と血が渦巻き、彼の通ったあとには敵対者の死がもたらされる。時にゲラルドが味わった哀愁漂う恋物語に人々は溜め息をつく。魔法戦士。そは薬物による強化と極限の修練によって生み出される殺戮の申し子であり、罪無き者の守護者である。長き寿命を持つ彼にとっては、その冒険はいまだ途上にあるのだ・・・・・・。

さて、今作は中世ヨーロッパ的な異世界でのファンタジー。エルフやドワーフなど人間以外の種族が人間とともに暮らしている剣と魔法の世界。まさに剣と魔法のファンタジーの王道である。ただ、王道ではあるが陳腐ではまったくない。むしろ古き良きファンタジーに対するリスペクトを強く持ちながら、ファンタジーとしての強度を高めている点は高く評価したいところです。例えば、冒頭で主人公ゲラルドの波乱万丈な冒険が吟遊詩人によって語られるシーンがあるのだけど、いわゆる”ファンタジー”と言うものに対するイメージ力を強烈に喚起させるシーンなど、作者は本当に”異世界を物語る”と言う行為そのものを愛しているのだな、と感じるのです。

物語は、どうやら世界の行く末の鍵を握ると思われる<驚きの子>シリとゲラルドの生活から始まります。魔法戦士ゲラルド、と副題はついていますが、”この物語”における主人公はシリと言っても良いでしょう。亡国の王女であるシリは、過去の盟約によってゲラルドに預けられ、そこで己の運命と向き合うことになります。ゲラルドと共に己の運命に抗うため、魔法戦士としての訓練を受けるシリ(なお、この世界における”魔法戦士”とはただ魔法を使える戦士ではなく、薬物と修練による人体改造によって常人以上の戦闘力を持った戦士の事を指します。ただ、修行方法を見る限り、どうも作者は”忍者”を意識しているような気がします)。彼女が立ち向かう運命を解明すべく、ゲラルドは仲間とともに探索に赴き、シリはゲラルドのかつての恋人であり女魔術師のイェネファーに魔術を習うことになります。

この作品は、ゲラルドによる探査行などまさに未知の世界での冒険を描いているところも良いですが、その冒険をさらに魅力的なものにしているのがキャラクターの魅力です。ゲラルドとシリを取り巻くさまざま登場人物たちは、愛すべき好人物もいれば唾棄すべき悪党も、または善と悪の定かならぬ複雑さを秘めた人物もいます。”善と悪の戦い”に単純化しないあたりは、過去の名作をリスペクトしつつも、現代的な物語として成立させようとしているところと言って良いでしょうね。当面のゲラルドの敵である”ニルフガルド帝国”も、別に悪の帝国と言うわけではなく、拡大路線を取っている国家に過ぎないようで(ゲラルド側の国に所属している人々は、蛇蝎か悪魔の如く語っていますが、これはおそらく民族感情が絡んでいると思われます)、わりと敵と味方が相対化されているところも登場人物の陰影が濃くなっている理由の一つではあるでしょうね。このあたりを膨らませれば大きな物語になりそうな気配もあります。無論、”物語の主人公”であるシリが自分の運命に立ち向かっていくビルドゥンクスにも期待したいところです。

物語はまだ始まったばかりですが、この作品の持つファンタジーの空気に非常に懐かしいものを感じるので、続きが翻訳されることを祈ります。

また、ゲラルドの冒険については冒頭の吟遊詩人の歌にもあるように短編集があるようですがいまだ未訳のようです。このシリーズの売れ行き次第と言ったところでしょうか。そのため、物語の鍵を握る<驚きの子>シリについて不明瞭な点があったりますが、そのあたりは物語には大きな影響はないので問題ないかと思われます。

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2011.02.08

『アクセル・ワールド(6)』

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アクセル・ワールド(6)』(川原礫/電撃文庫)

前回、ハルユキに発現してしまったクロム・ディザスターを浄化するために新しい新キャラ登場と、当然の如く順当な展開。クロム・ディザスターが問題になるのは当たり前だし、その問題の解決策をさぐる過程で、浄化能力を持つ新キャラ、そして新キャラのお披露目とキャラ立てをきちんと見せて、その上で浄化を行うための問題を解決しようとする。このあたり実に王道と言うか当然の展開なんだけど、それを陳腐なものにしないで面白いものになっているのはさすがの一言。川原先生は、まったく物語的に奇を衒うことしない人ではあるのだが、その上でエンターテインメントに徹することの意味をきちんと理解しているのが、すごいな。願望充足の物語に過ぎないといえなくもないのだけど、ただの願望充足ではなく、充足するための問題と克服の過程がきちんと描かれているので、文句をつけにくいんですね。もちろん文句をつけるつもりなんてないけども。

新登場の四埜宮謡は、ロリで健気でハンディ持ちと、この上なくあざといキャラ設定でありながら、彼女の持つコンプレックスと、コンプレックスと付き合うための手段としてのバーストリンクの関係から、もう少し底の深いキャラクターになっているように思います。正直、こんな母性に満ち溢れた小学生とか男の願望むき出しなので(少なくとも当初は)辟易してしまった事をここで告白しますが、その裏側の苦しむ心までをきちんと描かれてしまっては何を言うことはありません。まったくやってくれるぜ川原先生は。

内容については、今までモラトリアムと言うか積極的逃避の場として機能してきたバーストリンクの世界で、ついに”克服”の時期がやってきたのかな、という気がします。そもそも設定上からして子供の時期にしか存在しない空間であり、心に傷を抱えた存在がその傷をさらけ出すことによって強くなるという世界だったバーストリンクですが、今回のハルユキは「逃げ場としてのバーストリンクを守るために己の暗黒面であるクロムディザスターを乗り越えなくてはいけない」んですね。逃げるために立ち向かわなくてならない、と言うのは実に納得できます。これならば基本的にヘタレであるハルユキが最後の逃げ場さえ失ってしまうという恐怖から、克服への勇気を振り絞るという後半の展開にも”理”が敷かれているので、ダメダメなハルユキがカッコよくなってもまったく不自然ではない。これは本当に上手いなー。

で、今回は克服への勇気を搾り出したところで終わったわけですが、実際にどのように克服していくのか(あるいは出来ないのか)は次回のお楽しみと言うところですね。おそらく王道を好む川原先生ならば、クロムディザスター(すなわち己の暗黒面)を認めて自分の力として受け入れる展開になるのではないかと思うのですが・・・。さて、どうでしょうね。

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2011.02.07

『θ(シータ)―11番ホームの妖精』

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θ(シータ)―11番ホームの妖精』(藤真千歳/電撃文庫)

これは電撃文庫から良く出版出来たものと感心しました。まあ作品としては、『スワロウテイル』と同様に、人工的で不老不死な少女がすべてから取り残されていく様を情緒豊かに語っているわけで、作者は本当に人工少女が好きだなあ、と思いました。そういう意味で大変に”ガチ”な作品。対象への愛が溢れまくっています。ただ、溢れすぎていて、いささかライトノベルとしてのバランスは完全に度外視されているんだけど、おそらく出版するにあたってキャラ萌え的な描写が追加されているため、ちょっとキャラクター間の会話が長くなりすぎたようにも思います(と言う感想はライトノベルに対してどうなんだ)。そのため全体的な物語のバランスがさらにおかしなことになっています。とくに最後のエピソードがバタバタしすぎている感じで、ちょっと話が詰め込みすぎと言うか、前振りのわりにはそんなに大きな話でもなかったかな、みたいな。とは言え、これ以上会話を削るとキャラクター描写にも支障が出そうだし…ううん。結局、物語に対して、設定が精密すぎたのかもしれないのかもしれません。あまりにも精密に奥行きのある設定を構築してしまったため、物語が否応なしにビッグスケールになってしまうところをなんとかヒロイン達のミクロの物語に落とし込もうとしているところに無理が生じている、のかも?

つまり、何と言うかものすごく勿体無い作品だったとも言えます。これだけのバックボーンがあれば、本来ならばもっと大きな範囲での物語を描けたはずで、事実、作品内で起こっている事件は、どちらかと言えば舞台外での駆け引きがあったのだろうな、と想像させるところもあって、それを11番ホームのみに物語を限定していることから、このバランスの悪いなあ、と感じるところがあるのかもしれない。

ただ、これは作者の責かと言うとそうでもなくて、そこまで視点が移り変わる作品はおそらくライトノベル作品では売れないので、ギリギリの判断ではなかったかとも思います。あくまでもヒロインとその周辺を描くことに集中したと考えれば、充分にヒロインの永遠の少女であることの孤独と悲しみ、そして気高さを描いていると思います。SF的な作り込みは雰囲気だけに留め(しかし、断片的に見える設定の濃厚さには痺れる)、あくまでの少女を描く。これはこれで正しいのでは無いでしょうか(まあ、物語的には断片を見せられているような隔靴掻痒はあるけれど・・・)。

この作品を受けて、『スワロウテイル』が描かれたのだとすれば、確かに正しい、そして理想的な飛躍であろうと思います。人工少女の孤独は描いた。あとは濃密なまでの設定に基づいたSFワンダーな物語があれば、歯車の両輪はまわり始める。作者の書きたかった作品はおそらくあそこにあったのだろうな、と納得するとともに、一巻が出ただけで続編の出る気配のない今作の続きを期待せずには入られません。FBたちの物語はまだまだ語られるところがありそうじゃないですか。あるに決まっていますよ。あるね。

と言うわけで続編が出ないかなあ。

(と思いつつ、これで語りを収めると言うのも広がりがあっていいのかもしれない・・・が、やはりあれが欲しいよう!)。

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買ったもの

1.『4 Girls』 柴村仁 メディアワークス文庫
2.『戦闘破壊学園ダンゲロス』 架神恭介 講談社BOX

買った。

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2011.02.04

『小さな魔女と空飛ぶ狐』

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小さな魔女と空飛ぶ狐』(南井大介/電撃文庫)

「暴力の本質とは好奇心である」と述べたドクター・フェイスマン(by.冲方丁『マルドゥックスクランブル』)の言を待つまでもなく、本来、好奇心とは暴力的なものである。自分の知らない何かを見たい、知りたいという衝動は、すなわち”対象への干渉”に他ならず、”干渉”を行うということは、当然対象に何がしかの影響を及ぼさずにはいられない。その影響の良し悪しは問題ではない。”好奇心”を抱いたことにより、その対象となったものに永続的な影響を与えてしまうことそのものを、フェイスマンは”暴力”と呼んだのだ。そして、好奇心とは暴力的であることを理解した上で、それでもなお人は歩みを進めなくてはならない。なぜなら、好奇心を失った時、人は生きる事をもやめてしまう事と同義なのだから。好奇心を暴力的であると自覚する事が、真の意味で生きるために必要なものなのだ。

突然ですけど、自分のこのエピソードが好きなんです。フェイスマンはマッドサイエンティストそのもので、あらゆる意味で”良識”とは縁のない人物ですが、彼は好奇心の残酷さを充分に認識し、その上で好奇心は人間に必要なものであると理解している。すごく倫理的ですよね。人間は残酷であり、残酷さの中からでも”正しいもの”は生まれてくるのだ、と言う祈りが込められていると感じます。

なんでこんなことを突然書き出したかと言うと、この『小さな魔女と空飛ぶ狐』こそ、まさにその”好奇心”をめぐる物語だと思うからです。人間は”知りたい”と言う純粋な感情で、いくらでも世界に残酷を振りまくことが出来る。しかし、その残酷さの中から、とても大切なものを生み出すことが出来る。少なくとも、そのように信じたい人々の祈りが根底にあるように思うのです。

ヒロインのアンナリーサは11才で最高学府を卒業した天才的な科学者であり、事実、次から次へと新しい発明を行って、大量破壊兵器を生み出していきます。効率的に、そして最小限の被害で戦争を終わらせようとする大義名分と、己の自由を勝ち取るためと言う目的はありますが、本質的にはアンナリーサは科学者であり、とにかく新しい発明をすることに喜びを見出すというマッドな性質を持ち、この物語はそんな彼女が敵国の天才科学者アジャンクールとの熾烈な兵器抗争によって繰り返される姿を、現場との軋轢などの描写を含め、時にコミカルに、時にハードに描いています。その描写はあまりにも倫理的には大量殺戮の兵器を作っていると言う事実に対してアンナリーサは無自覚なように見えますが、実際には科学者とはあらゆる犠牲を払ってでも人類の未来に貢献することが義務であり、そのためには悪魔になることさえも厭わないという考えを持っている事が本人の口から語られるています。ただ”それが意味すること”を正確には理解していませんでした。そう、それでも人は死んでいるのだということを。そして自分自身と、自分の大切な人が死に直面した時、初めて自分の行ってきたことの意味を理解することになります。死は、本当に恐ろしいものだということを。そして、自分は死を多くの人に撒き散らしてきたのだということを。先ほど、「暴力の本質とは好奇心である」と書きました。アンナリーサは、自分の好奇心によって、どれだけ多くの人々に決定的な影響を与えるのかと言うことを、初めて理解したのです。

ただ、それは彼女のそれまでの行動が誤っていたということは意味しません。繰り返しますが、そもそも好奇心とは暴力的なものだからです。何かを知りたい、未知を解き明かしたい、あることをやりたい。好奇心にはいろいろな形があって、それは対象を否応なしに傷つけるもの。これは遺憾ともしがたいことです。ただ、彼女の不幸は”天才”であったこと。”天才”であったがゆえに、彼女の好奇心はとてつもない範囲に影響をもたらしてしまったと言うこと。そして、彼女はそれを無視するには”普通”でありすぎてしまった。これがすべての不幸でした。彼女は自分の好奇心のもたらすものを恐れるようになり、自閉していくことになります。

さて、彼女一人ではそのままでは敵国の科学者アジャンクールのように正気を失う他なかったかもしれません(その意味では、正しくアンナリーサとアジャンクールは表裏一体の存在です)。しかし、彼女にはある人間がそばにいました。主人公であり、空軍のパイロットであるクラウゼ・シュナウファーです。彼は人殺しの業に長けながら、そのことに何の意味も見出せず、興味も持たないままに空を飛んでいました。それは自分が人殺しであると言うことへの嫌悪とともに、殺す相手に感情移入をしないための防壁でもありました。そんな彼がアンナリーサと出会い、彼女の無自覚さに苛立ちを覚えるのは当然であり、対立することもありました。彼にとって見ればアンナリーサは自分のしていることを何一つ分かっちゃいない箱入り娘のように見えたことでしょう。ただ、同時に自分の衝動に赴くままに行動するアンナリーサに対して、熱を失った自分の愚かさと言うものにも実感したのかもしれません。クラウゼはアンナリーサの活動を支えるようになります。アンナリーサもまた、自分のもたらしたものに恐怖した時、ようやくクラウゼの実感を理解するようになります。

お互いの存在を理解する。理解したいと思う。それもまた”好奇心”のなせる業。”知りたい”と思った時点で、相手に対する干渉となる。相手に対する影響を及ぼす。クラウゼがアンナリーゼを助けたいと思い、アンナリーゼがクラウゼを知りたいを思った時、その時点でお互いに対して、知らず知らずの内に影響を及ぼし変化を促していくことになります。それこそが好奇心と言うもののもう一つの姿であって、好奇心と言う暴力を、正しいものとして扱うことが出来ると言うこと。引いては人間の可能性を信じることに繋がるにではないか、と自分には思えるのです。

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2011.02.02

『レイセン File2:アタックフォース』

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レイセン File2:アタックフォース』(林トモアキ/角川スニーカー文庫)

林先生にしてはものすごくまともな話でびっくりしました。いや、別に悪い意味で言っているわけじゃなくて、なんと言うかすごく地に足がついた・・・いや、奇を衒ってない・・・えーと、なんか違うな。つまり、あんまり気が狂ってないな、と(ひどい言い草だ)。

あらゆる超常的な能力を持った敵に対して、ハッタリと眼光だけで渡り合う川村ヒデオの活躍を堪能すると言うマスラオ時代に築いた基本ラインからまったく逸れていないと言う、ただそれだけの事に驚愕しています。いつもの林先生なら、このあたりから展開が斜め上に行くはず。最初に敷いた伏線や構成を”完璧に無視”して暴走を始めるのがいつもの事だったので、この、あたかも凪のような安心感のある展開に、不気味な印象さえ覚えてしまいました(本当にひどい言い草だ)。おかしい・・・こんな普通に楽しく普通に面白い作品を書く人ではなかったはずだが・・・。

と思ってしまうほどに、安定感のある作品でした。新しい登場人物が登場し、ヒデオたちの”敵”の存在も明確になりつつある。ただ、ミスマルカに登場する葉多恵さんが登場して、そのむちゃくちゃぶりを発揮するあたりは作者らしい、笑える中にも背筋がヒヤリをする描写があり、そのあたりはさすがだなあ。

基本、ギャグ小説だと物理的ダメージは過剰になりつつ死亡率は0に近づく(『人類は衰退しました』における妖精さん理論である)はずなのだが、林作品においては、”物理的ダメージは過剰になりつつ実は死ぬかもしれない可能性もある”と言うところがあって、例えば葉多恵さんが強いる修行はむちゃくちゃで、その描写はギャグにしか見えないのだけど、しかし、実は葉多恵さんは”人間的な情愛がない”と言う人物なのである。なので、彼女の課す修行は、たぶんマジで死ぬ可能性がある。少なくとも作者は、ギャグをギャグとして描くつもりはない。と言うよりも、”それまでギャグ描写だと思っていたらシリアスだった”と言うギャップを追求してきた作家なのですね。思えば『お・り・が・み』も『マスラヲ』も、どちらもギャグマンガ時空が発生しているのかと思って読んでいたら、実は全部が”マジ”であり”人の生死”がかかった本気の話だったということがわかったりしてびっくりしたものですなあ。レイセン(と言うかおりがみ)で言えば”ほむら鬼”なんか、豪快で気持ちの良いキャラクターなんだけど、その実は人間など虫けらにしか思っていない本物の鬼であるとか、ちょっとマジで恐いよね。付き合い方も間違えれば本当に我が身の破滅を招く。彼らにとっては冗談でも、人間にとってはそうではない、とかね。

今回の葉多恵さんなんかもその通りで、キャラクターとしては気さくでハイテンションなお姉さんと言うキャラクター以外の何者でもないくせに、人間を利用して殺すことなんてまったく良心の咎めもない本物の妖怪なわけです。ギャグっぽくヒデオや翔香と楽しげに掛け合いをしていて(しかもそれは嵐の前の静けさみたいな前座ではなく、事実今回のコメディパートのほとんどは葉多恵さんによるものになります)、その上でマジで殺そうとしてくる。たぶん、ヒデオたちが立ち回りを間違えれば本当に死んでいたと思うんですけど、その”ギャグとシリアスの境界が曖昧”であるところが林先生らしいところなんだろうな、と改めて思いました。なんちゅーか、林作品の登場人物たちは”常在戦場”をあまりにも体現しすぎているよね。自分の隣人が突然自分を殺しにかかったとしても、とりあえず捌いたあとにまた隣人を含めた日常に回帰するとか普通にやるんだ。なんだろうなこのシグルイどもは。

今回はあんまり話が動かなかったので、逆に林先生の殺伐としたキャラクター観に目がついたような気がします。

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買ったもの

1.『ブラッド・スパート 』 六塚光 幻狼ファンタジアノベルス
2.『メガクルイデア』 十文字青 幻狼ファンタジアノベルス
3.『B.A.D. チョコレートデイズ(1)』 綾里けいし ファミ通文庫
4.『ココロコネクト ミチランダム』 庵田定夏 ファミ通文庫
5.『バカとテストと召喚獣(9)』 井上堅二 ファミ通文庫
6.『朝霧の巫女(7)』 宇河広樹 少年画報社
7.『ほうそうぶ2』 宮沢周 スーパーダッシュ文庫

ダンゲロスが近所の本屋に入荷していなくて当てが外れたー。やはりamazon最高って事かー。

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