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2011.02.24

『蒼穹のカルマ(6)(7)』

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蒼穹のカルマ(6)(7)』(橘公司/富士見ファンタジア文庫)

また感想を書かない内に次の(以下略)。よってあわせて書く。またか。

なお、今回はネタバレなしでは何も語れない作品なので重要なネタバレをしております。本編を読んでいない方は決して読まないで下さい。よろしくね。

毎回、手を変え品を変えて、いろいろな角度から攻めて来る作品ではありますが、6巻は久しぶりにカルマらしいカオスな内容で楽しく読みました。一巻のさまざまな意味で突き抜けた内容に比べて、2巻以降はどちらかと言うとキャラクターに特化した内容になっていたと思いますが、それは安心できる展開である反面、ある意味において普通のライトノベルであり、ちょっと寂しい感じもあったんですね。しかし、6巻はキャラよりもギミックとトリックが主体になっていて、(これは感覚的な話になってしまうのであまり上手く説明できないんだけど)ライトノベルとしてのジャンルから半歩ほど踏み出した感じがあって。ジャンルを横断的に、意識的に無視して異なる視点を持ち込む(それも複数を同時に)ところに、一巻で感じたカルマと言う作品に近いものを感じました。ギミックそのものは、SF的にはそれほど奇を衒ったものではないのだけど、ただ、それをライトノベルの、しかもキャラクター特化型小説に受け入れることが出来ると言うところは、やはり『カルマ』と言う作品の持つポテンシャルの大きさなんだな、と思えるのです。

6巻と7巻の内容は、ちょうど前後編の形になっています。6巻でカルマの身に起こる危機に対していかに犯人を見つけ出すかと言う捜査編、7巻は犯人とのラストバトルとその趣きは相当に違っていますね。個人的には6巻で繰り出されるあるギミックによって、なんて書くのも飽きたのでネタバレしますが、時間遡行によって登場するさまざまな並行世界における未来の在紗が次から次に登場してくるところがすごく面白いと思います。これ、すごくコミカルに描かれていますけど、ものすごく重い話ですよね。カルマを救うために固い決意を持って時間遡行をしてきて、それでもなお何度もカルマは死んでしまう。今回、並行世界の在紗は幾人も出てきましたが、彼女らは、たとえ過去のカルマを救ったとしても、彼女の世界ではカルマは決して生き返らないはず。つまり、彼女らの目的はカルマの命を救うことそのものではなく、「カルマを救うことが出来た世界を残すこと」なのです。繰り返しますが、彼女らがたとえカルマを救えたとしても、自分の世界のカルマが生き返るわけではない。言うなれば、並行世界の出来事は、彼女らとはなんの関わりもないことでしかない(まさに”リサ”がそのことに気がついて絶望したように)。しかし、並行世界の在紗たちは、ただ可能性を残すというただそれだけのために決死の覚悟で時間遡行をしてきているわけです。可能性とはすなわち”カルマを「救えた」と言うただそれだけの事実”です。ただそれだけのために時間を遡行し、何度も失敗しながら、並行世界の自分に知識を残すことを繰り返す。そこにはひどく気高い意思を感じます。ただ”救いたい”と言う願い。もちろんそこにはカルマを救ったという実感を得たいという想いもあったに違いありませんが、それさえ得られれば自分には何も残らなくても良い。そのように肯定出来ること。そこが”リサ”が到達できなかった精神でした。

ただ、”リサ”の場合と他の在紗には明確な差があって、”リサ”にとっては”犯人”がいないということです。彼女には、カルマを救うために対決するための”敵”がいなかった。彼女からカルマを奪ったのは、ただの偶然でしかなかった。だから”救う”ための行動を起すことさえも出来なかったわけです。誰かを憎み、戦うことさえも出来なかった。それゆえに彼女にとって、カルマが失われたことはひたすらの喪失感を生み、喪失感を埋めるためにカルマを取り戻すことを近います。その意思自体は悪でもなんでもありませんが、並行世界をいかに巡っても、”そこにいるカルマは別人であり、自分の世界とは何のかかわりも無い”と言う事実には絶望しか出来ませんでした。「なぜ自分だけが失われるのか」と言う嫉妬の念によって、己の絶望を撒き散らす存在と成り果ててしまった”リサ”自身が、他の在紗たちにとっての”敵”(おそらくリサ自身がだれよりも望んでいた存在)となってしまったのはなんとも皮肉なことと言う他はないでしょう。そして、逆説的ですが彼女の存在こそが他の在紗たちの”気高い意思”を導いたともいえるわけです。敵があってこそ、希望もある。絶望を”敵”によって与えられたからこそ、”戦うことが出来る”のです。絶望を与える存在であるとともに希望そのものでもある。己がもっとも望み、憎んだ存在になったリサ。実に皮肉的といわざるを得ません。

それゆえ、”敵”となった彼女が最後に救われるためには、他の在紗たちと同じ場所にたどり着くことが必要でした。そのために必要であったのが、”カルマのために戦うこと”であったのは、実に納得の行くところです。カルマを取り戻すために在紗と戦い、最終的に槙奈によってカルマと思い出を取り戻したリサは、カルマが死んだとしても、カルマと過ごした日々は失われたわけではないということについに至ります。陳腐な言い回しですが、カルマは自分の中に生きていると言うこと。これは、リサによってカルマを失った在紗たちが至った位置と良く似ていますね。彼女らも、自分たちの世界ではカルマは死んでおり、何をしようとも生き返らせることは出来ないにしても、それでもカルマを救うと言う”行為”そのものに意味を見出している。そこに共通するものは、自分が生きている限りカルマとかつて過ごした日々は失われることはなく、彼女らが思い出を忘れないために戦った。リサもまた、戦う理由を取り戻したのです。

敵のいないことに絶望したリサが”敵”となり、在紗たちの”敵”として戦ったことで、在紗たちと同じ領域にたどり着くというのは、皮肉でもあるし、この上ない救いでもあるように、自分は思います。

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