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2011.01.19

『天使から百年(2) 天使から零年』

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天使から百年(2) 天使から零年』(野梨原花南/富士見ファンタジア文庫)

いやもうなんと言うか…。開いた口が塞がらないというのをリアルにやってしまった。なんだこれは。主人公がものすごい恐いよ!本気で恐怖したよ!

恐いといっても、別にホラー的とかヤンデレとか、そういう意味で恐いんじゃないんだ。なんつうか、あまりにも”女”でありすぎる。情が濃すぎるってのか、とにかく男に対する気持ちが真剣…などと言う言葉では言いがたい凄まじい情念が、男としては、もう、ガクブルするしかない、っつーか…。こんな女に惚れられたら、もう人生を観念するしかねーよ。一生を添い遂げる覚悟を決めなくては、人間として終わりな気がする。ハンパな覚悟で付き合っては、人間として決定的なものを失うって言うかね。そういう意味で恐い。通俗的な言葉を使うと、あまりにも重すぎる。ただ、視点がヒロイン視点なので、そこまで情を深めるのも理解出来なくも無い。共感は出来ないけど、これほどの覚悟を持って男と対峙するヒロインの”情”が凄まじい。理屈や大義で行動する男どもに対して、それらを一蹴してのける主人公には、必ずしもわかりやすくはないどころか凄まじく難解な精神の持ち主ですが、そこには”キャラクター”ではない、血肉の通った、生々しいまでの”女性性”とでもいうべきものがあって、素晴らしいと思いました。自己中心的で感覚的で非論理的ですが、そこには一己を持ってして世界すべてと戦う覚悟を持った非常に闘争的な存在があるのです。

また、今巻は前巻以上に”人間的情念”について描かれているように思います。正直ところ、登場人物たちの行動原理は人間的なまでに非論理性で、なによりも結論に対して飛躍があります。これは野梨原先生の特徴でもあるように思いますが、登場人物たちの行動にいちいち理屈付けを行わない事が多いです。原因と行動が一足飛びに結びついていて、途中の理屈がすっぽり抜けている。つまり”何故”が欠けているのですね。そして、そこを見て「この作者はキャラを描いていない」とか「展開が唐突」だと解釈することも可能です。だけど、自分はそう思いません。これは、作者の前提として「人間は非論理的な存在」であるというものがあるように思います。すなわち、人間とは常に理屈のある行動をとるのではなく、突発的に何かを始めたり、考えていることと正反対のことを行ったり、あるいは理屈を捻じ曲げることさえする。その認識が作者に”何故”を描かせないと言う手段を取らせているのではないでしょうか。”原因”と”行動”の過程で、それぞれが何を考えたのか、それは誰にも分かりません。たぶん本人でさえ理解していないでしょう。人間と言うものであり、一瞬の飛躍で”辿りつく”ことが出来ると”女性の凄み”と言うものを感じるのでした。

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