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2010.12.09

『くいなパスファインダー』

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くいなパスファインダー』(瀬尾つかさ/一迅社文庫)

『円環のパラダイム』の続編と言うか姉妹編と言うか、そのような位置付けの作品みたい。前作は”学校”と言う閉鎖された世界におけるエゴのぶつかり合いとそれによる危機を描いていた作品だったけど、今回はより広い世界を舞台にした開放感のある作品になっている。分断され、異世界と混合した世界は、ある意味においてはとても未知と自由に満ち溢れた世界でもあるという側面を描いているのだろう。勿論、法も秩序も崩壊した世界で生き延びるだけの”力”があってのことではあるが…。その意味では、前作の人々はその力がなかったがゆえにあれほどの危機感と焦燥感にあったのであり、今作の主人公である”くいな”は力に満ち溢れている。危機よりも好奇心を優先し、己の命よりも知らないことを知ることを尊ぶ。そんな少女ならば、確かにこの世界は夢と希望に満ちたものになるのだろう。

そして、この物語はそんな強く美しい生き方をする少女に魅せられた少年、俊平の視点によって語られる。彼はある偶然から絶大な力、”魔法”を手に入れている。彼の力は強大であり、さらに本人はなんの努力も才能も得ずに獲得した力である。穿った見方をすれば、まさにラノベ主人公的な主人公と言えよう。ただし、自分で獲得したものではない力、実感の伴わぬ力など、実はなんの意味もないと言うことを突きつけられた少年でもある。彼の力は強大ではあるが、本人の力に対する無知が、彼自身を追い詰めてしまっていた。そんな彼が、くいなと出会うことによって、己の力の”意味を実感”していくことにもなる。それは成長物語と言う側面をとり、その意味では彼こそがこの物語の主人公であるとも言えよう。

だが、それはあくまでも一側面に過ぎない。これはあくまでも”彼と彼女の物語”なのである。すなわち俊平が力の意味を我が物としていくのと同様に、くいなと言うどこまでも他者と繋がることの出来ない少女が、”繋がり”を得るまでの物語でもあるのだ。ただし、それはただ少年と少女がお互いに気持ちが通じ合うと言うことではない。むしろ二人の間には、通じなかったと言う事実が最後まで残る。これは、物語の後半において、俊平とくいなが文字通り”心が通じ合った状態"になるのだが、むしろ心が繋がった時の方が断絶がはっきりするのである。俊平は、それまでくいなが何を考えているのかまるで分からず、彼女の心を知りたいと思っていたのだが、いざ心が分かってみれば、実はそれでもまるで分からないということが分かったのだ。それはくいなにとっても同様であって、彼女はつまり思考能力があまりにも優れすぎ、抽象性が高すぎるため、”言葉”と言う手段が伝達手段としては低すぎるために、無口であるわけだが、実のところ彼女自身、自分の意思が伝わらない(周囲が彼女の意思を汲み取るレベルに無い)と言う事実には孤独を深めていた。それゆえに、俊平と心が通じ合った状態に狂喜し、このままの状態が続けば良いと思うのだが、それはもろくも崩れ去ることになる。

結局、心が通じ合うことは理解し合うということとは別の問題なのだ。心が通じていても理解出来ないことは多々ある。その逆もまた同じ。相手の考えていることが分からずとも、相手を理解することは出来る。少なくともそのように信じることが出来る。おそらく信じることと言うのが、心が通じない、理解も出来ない”人間同士”と言う名の異種に対して出来る唯一のことなのだろう。相手も、きっとそう思っている。それを信じること。誰にでも出来ることではないし、誰に対してもする必要はないとは思うけれど、ただ誰か一人のためだけならば、それをすることはしてもいいのではないか。そのように思えるようになったのなら、きっと孤独ではなくなっているのだろう。

追記。内容について書き忘れた。瀬尾先生特有の”話の密度が濃すぎる問題”は相変わらずでした。テーマが絞り込まれていてブレが無いのだけど、物語に枝葉が少なすぎて窮屈と言うか、世界に広がりが感じられない。今回の話ではいろいろな場所に冒険をしているので大分開放感があるのだが、もうちょっと異世界感があれば良いのに、と思う。背景にいろいろな物語が想像できるだけに、なおさら窮屈さを感じてしまうのかもしれない。我ながら贅沢な話だとは思います。

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