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2010.12.10

『庵堂三兄弟の聖職』

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庵堂三兄弟の聖職』(真藤順丈/角川ホラー文庫)

ホラーかと思って読んでいたら感動作だった。何を言っているのかわからねーと思うが、自分も何を読んだのか分からなかった。と言うのは冗談ですが、非常に不思議な作品。ホラージャンルと言われれば、確かに舞台設定や作中で取り扱われている架空の”職業”などは確かにグロテスクでありホラーのようにも思えるのが、しかし、グロテスクでおぞましい舞台設定で紡がれるのは、とある3兄弟の、愛と人生の物語であったのでした。兄弟それぞれが自分の人生の壁に突き当たり、とある家伝の職業を軸に、己の人生を見つめなおしていくと言う展開はある意味物語の王道とも言えますね。作者特有のどこか乾いた文体でそれぞれの苦しみと彷徨が語られており、ウェットな話になりそうなところを、淡々としていながらも美しい物語とさえ言えると思いました。ただ、”描写していること”はおぞましくもグロテスクであり、それでいて”描写そのもの”は端整ともいえる筆致であるところにギャップがあるように思います。そこがこの作品の不思議な味わいがあるところだと思うので、ここは長所だとも思いますけどね。グロテスクや汚い表現の中に、生きることの困難さに直面してしまった人々のまとう悲しみ、哀切が込められており、単なるイロモノと断ずるには難しい品格の高さがあると感じます。

さて、先ほどから、グロテスク、おぞましいなどと言う言葉を使っているんですが、そろそろぶっちゃけましょう。そもそも良質の人間ドラマが描かれているこの作品が、なぜか(?)ホラー文庫で出版されてしまった理由であると思われますが、それが庵堂家家伝の職業、”遺工師”であります。遺工師とはなにか?それは”遺体を加工して日常品を作り出す職人”なのです。死んだ人間の骨を、筋を、脂肪を、あらゆる部位を加工して、日常で用いる石鹸や櫛などを作り出す職人。それが遺工師。まあ、およそ現実に存在するとは思えない、異形の職種を、作者はその淡々とした筆致で克明に”仕事風景”を描いてみせるところはまさにホラー。あまりに淡々と描かれるので騙されそうになりますが、やっていることは遺体損壊であり、描写もあっさりとしつつも丹念で後に引く(なんの話だ)。延々とそういった描写が続くので、その部分だけを取り出してみれば、紛れもなくスプラッタホラーともいえます。ところが一筋縄ではいかないのがこの作品でして、遺体を解体して血と脂に塗れた遺工師と言う職は、しかし、遺族の祈りを込められた神聖な仕事でもあるのです。そう、遺工師とは異常者の所業ではなく、遺族からの依頼を受け、遺体から日常品を作り出すことで故人を偲ぶよすがとする、まさに聖職であるのです。なんだそりゃありえねーと思う向きもあるかもしれませんが、ところが、異常としか思えないその職業は、しかし、作品世界においては(特殊技能ではあるものの)当たり前の仕事として捉えられているのですね。ある意味、その一点のみがファンタジーとなっているとも言えます。

この時点で相当に混沌としているんですが、その上で作者は、家伝の業をめぐる兄弟たちのドラマを動き出していくのです。遺工師の職に就き、その職業に誇りを持ちながらも壁に突き当たっている長男。家伝に馴染めず都会に出るも、職場に馴染めず帰郷してきた次男。生来の汚言症のため軋轢の耐えない三男。長男のもとに送られてきたある依頼によって、それぞれが自らのルーツを求めて葛藤していくことになります。それぞれの葛藤が、遺工師と言う職業とリンクして向き合っていくという一連の流れは、実に繊細な哀切さえ漂う格調高い物語になっているのですが、繰り返しますが遺工師はぶっちゃけた話、死体加工業者です。兄弟たちが己の葛藤と向き合い、遺工師と言う職業に向き合えば向き合うほどに、作品は血と人脂と死臭にまみれて行きグロテスクさを増していくことになるのは必然と言えますが、しかし、彼らが現実と向き合い、立ち上がる糧を得る過程を描く筆致はどこまでも端整であり、美しさが損なわれることはない。むしろ遺工師と言う一点の異常が、物語に強烈な異界感をかもし出しているようにさえ感じられるのでした。

それが前述の不思議な読後感に繋がっているのですが、面白いのは、描写が丹念になればなるほどにグロテスクに、そして感動的な物語になっていると言う事ですね。物語を読み進めれば進めるほど、次第に人間の死に向き合う遺工師と言う職業について、当初感じていた嫌悪感に近い感情が、神聖この上ない職業に対する尊敬の念に変わっていることに気がついてしまう。いや、実際、素晴らしい職業だよ遺工師は(グルグル目で)!といいたくなってしまうぐらいには自分の中で価値変換が起こりました。親から受け継いだ業をめぐり、兄弟たちが葛藤し、それぞれの道を見出していく物語はどこまでも美しく、父親がその業に賭けた想いを知れば知るほどに彼らの物語に感動をせざるを得ず、遺工師と言う職業に対する尊敬の念はいや増す。ついにはラストシーンに至った頃には、爽やかとさえ言えるラストにうっかり感動してしまいました。いや、うっかりと言うか、実際に良く出来た作品なんですが、常識的に考えると何かがおかしい、ような気もする。だが、おかしいが何の問題もない!と言う心情に最終的にはなったのでオールオッケー。どいつもこいつもみんな愛すべき登場人物ばかりだよ。遺工師と言う職業も素晴らしい意義ある職業だと思いますよ(グルグル目で)。

追記。この作者、電撃文庫でも賞を取ってたけど、あっちの続きは出ないのかなあ。まああまりライトノベル的な作品ではなかったけど……。

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