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2010.12.28

『ゴールデンタイム(1)春にしてブラックアウト』

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ゴールデンタイム(1)春にしてブラックアウト』(竹宮ゆゆこ/電撃文庫)

基本的にとらドラシリーズの同工異曲である本作ですが、舞台が大学になっているために、とらドラシリーズにはなかった生々しさを獲得しているように感じました。高校生と言うのは、多分に自分の感慨と言うものもあるとは思いますが、どこか治外法権と言うか”どんなバカなことをしでかしても許される”雰囲気があるように思います。精神的、肉体的に深刻な障害を与えるほどの失敗は、滅多なことでは起こりえない世界と言うか、少なくとも、高校生と言う規範から外れない限りは、それ以外のことは大目に見られているように思います。

しかし、今作においては大学生が物語の主要人物となります。高校生から大学生になったことで何が変わるかと言うと、大きなものでは”大学生は大人としての行動が求められる”と言う事です。まあ大学生と言ってもスポイルされていることには違いは無いんですが、社会的により大きな行動力が認められる一方、義務もまた生じ始める地位にあたるわけです。

分かりやすく言うと、とらドラシリーズではギャグとして許されたことが、このシリーズでは許されない。大河の行動は冷静に考えなくてもクレイジーですが(深夜に木刀を持って主人公を殺しにかかるとかクレイジーとしか言えない)、そのあたりの行為は、周囲にはそれに匹敵するほどの変人がいたりして、なんだかんだで許されていく雰囲気がありました(このあたりの雰囲気は、実はとらドラシリーズのある一点から”変質”が始まるんですが。まあここでは関係ないので省略します)。こちらのゴールデンタイムのヒロイン、香子の行動もまた相当にクレイジーなものですが、しかしながら、彼女の行動はギャグには落とし込まれません。彼女の行動は紛れもなくクレイジーであり、彼女の対象となった人間にとっては迷惑以外の何物でもないのです。勿論、周囲の反応もまたそれに準じたものであり、(まだこのあたりは表面化はしていませんが)香子への対応は自然と厳しくなっていくというあたりに、”現実”として”ラブコメ”をやってしまうことによる”痛々しさ”のようなものが強く現れていると感じました。確かにラブコメが実際にあったとしたら、渦中にある人にとっては悪夢そのものでしょうからね。

そんな痛々しい行動を続ける香子に対して、そのひた向きさに心を惹かれ、彼女の手助けをしてしまう主人公、万里。このあたりの心境はとらドラに近しいものがあります。万里は香子に現実と言う毒に支配されていない美しさを感じ、守りたいと思う。これは大河に対して竜児が最初に感じたものでしょう(恋愛感情ではなく、あくまでも”彼女の持つ純粋さを守りたい”と言うもの)。ただ、大河は物語中でその”美しさ”を強調する描き方をされていたのに対して、香子の行動は本気で痛々しいので、”純粋さ”と言うものは本当に”不器用さ”と表裏一体なのだと言う事を思わせられます。不器用さは、不恰好であることにも通じます。人はそれを見て笑うかもしれないし、苛立つかもしれない。けれど、そこには”狡さ”がない。人が生まれて生きていくうちに、手を抜いたり、騙したりする、当たり前の、しかしある意味において卑劣なものを持たないということでもある。”卑劣さ”を”知恵”だと勘違いした者はおそらく彼女の不器用さを笑うことであろうけれども、”卑劣”であることを自覚した者にとっては、香子はどこまでもまぶしい存在であるのです。だが、この世は”卑劣さ”を”卑劣”であると自覚するものはあまりにも少ない。そして、社会に適応出来ないものに対しては、社会はどこまでも冷たい。社会性と言うものがより身近なものとなっている大学生と言う身分では、香子は困難極まりないでしょう。思うに竹宮先生は、”少女の純粋性”は”社会性”と相反するものとして描き、その摩擦を描き続けてきました。今回は視点をより”社会側”から描いているため、生々しさと言うか、痛々しさを強く感じるかもしれませんね。

ただ、そこまでは、ああ竹宮先生は”少女の純粋さ”と言うものの美しさと醜さの両面を描こうとしているんだなとは思うんですが。今回の主人公はちょっと設定に変わってところがあって、いささか読みが難しくなっています。これはわりとサプライズなところかもしれないので言葉を濁しますが、なんと言うか、すごく空っぽな存在なんですよ。ある理由によって、彼は自分自身の積み重ねを実感することが出来ません。そして、おそらくそのために他者に強く感情移入をすることになり、他者を助けるヒーローとして行動する。このあたりに”正義の味方”としてのロジックが構築されていて、妙に印象に残りました。万里は明らかに少女の不器用さの中にある純粋さを守り、引き上げる役目を背負っているんですが、そもそものところ、彼自身が”あやふや”に過ぎる。”何故助けるのか”が完全に欠落していて、それ自体はラノベ主人公としては良くあることなんですけど、あまりにもラノベ主人公過ぎて、リアリズムを重視した今作では浮いているようにさえ思います。ここに竹宮先生の意図が隠されているように思うんですが、そのあたりについてはなんとも分からず…。こういうことをするタイプだとは思っていなかったので、ちょっと不安と期待があります。本当に、どうなるんだろうこれ…(結論が思いつきませんでした)。

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