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2010.10.04

『スワロウテイル人工少女販売処』

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『スワロウテイル人工少女販売処』(藤真千歳/ハヤカワ文庫JA)を読んだ。

SFとしてなかなかに格調が高いように思いました。アンドロイド(正確にはぜんぜん違うけど)の美少女が架空都市で活躍するライトハードボイルドかと思ったら、人類の未来にまで視野が飛んで、うおお、と仰け反りました。作者はSF的な想像力が非常に豊かな方のようで、発想のスケールの際限ない広がりぐらいは、まさにSF、と言う感じ。個人的には発想のスケールと物語の結末にあまりつながりがなかったように感じられたので、そのあたりがちょっと残念かも。いや、揚羽の精神原型が人類の未来を救うとば口である、と言う理屈は理解できたのだけど(失われた人類の乱数を呼び戻し、人類と人口妖精の未来を繋ぐ架け橋となると言うもの)、ちょっと最後のバトルがあまりにも蛇足すぎた気がしてしまったのが、残念。あそこで戦うことが揚羽と鏡子にとってどんな意味があったのだろうか……(ここで言うのは物語的な意味であって、戦いについて一般論を語るつもりはありません。念のため)。

この話は第一部、第二部、第三部と分かれていて、なんで”部”で分けるのだろうかと思ったんですが、読み終えて納得しました。実は物語としは完全に連続しているので(時間的には三部あわせてもせいぜい数日、3日間くらい?)、その意味では”部”で分けるのは不適切と言えなくもないのですが、それぞれの部ごとに語っている対象のスケールと言うか、パースと言うか、そういうものがぜんぜん違うんですね。第一部では男女別自治区と言う特異な形態をとった街の概要とそこに住む人々を描く導入編。登場人物の紹介も兼ねている。第二部はそこに生きる人工妖精たちの特異な生き方を描いており、またエンターテインメント性も一番高い。第三部はこれまでに描かれた自治区の歴史と、それに寄り添うように生きてきた人工妖精の真実が明らかにされることで、人類と人工妖精、そしてその未来の物語が描かれる。この第三部のスケール感は本当にただ事ではないのだけど、これは第一部、第二部で丹念に街と人工妖精について描き続けてきたからこそ意味がある展開であると思われます。第三部のイメージはとても素晴らしいと思いますが、そのイメージはきちんとそこに生きる人々のことを描いていたからこそ意味があるのだと思うのです。

それゆえに、突き抜けたイメージ力がどこに落としこまれるのかと言うところに期待感は高まったのですが、最終的には、ちょっと残念な部分もあったかもしれません。期待値をクライマックスで高めすぎたのも原因とは思われますが、揚羽の物語の大きなイメージが、最終的には統合しなかった部分は、SFとしては決して誤りではないとは思うものの、揚羽自身はあまり救いがあるようには思えないですからね。確かに彼女は自分の生きる意味を得たけれども、得たものに比較して失ったものが多すぎるように思いました。これは是非、続編を描くべき作品であるように思います。

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