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2010.09.16

『星図詠のリーナ(3)』

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星図詠のリーナ(3)』(川口士/一迅社文庫)を読んだ。

もともとが地に足がついた物語だっただけに、完結に至るもすこしも飛躍したところのない実に堅実な終わり方だった。空ばかり見上げるのではなく、地面にも目を配っていました。登場人物たちは、それぞれに魅力的な部分を垣間見せつつ、しかし、無理にキャラを立てるわけでもない絶妙なところが好ましい。人間の深い部分なんて、そりゃ数日付き合ったぐらいじゃ全然わかりはしないのが当然であって、それこそ何年も、何十年もかけて分かっていくものなの。今回登場してきた王子も、一見軽薄、その実やっぱり軽薄で、しかし、実は良い人なのかもしれず、と言ったように実に描写が安定しないのだけど、そのあたりに人間の分からなさが出ていて良かった。人間の一面を見て、ヘタレとか軽薄ととらえて軽蔑したり、逆にむやみに尊敬したりするのは自分は嫌いなのだが、その作品はそのあたりの浅薄な価値観とは無縁でありますね。

これは姉王女パルヴィや、リーナの父王などの描写から見ても感じられることで、とにかく、一概に家族想いとかあるいは冷酷だとか断言できるところではない。確かに父王にとって、リーナやパルヴィは政略の道具であり、事実、政治の駆け引きの材料としていた。しかし、それと二人に対して愛情を注いでいないということにはならない。政治の道具としつつ、同時に誰よりも愛情を注ぐ父でもある。例えば、そもそも父王はリーナに対して、一巻の時点から試練を課していたわけです。街の問題を治めさせたりとか。父王はリーナの外を見たいという望みを知っているわけですが、しかし、一国の王女が外の世界と触れたとき、そこには政治的な意味が否応なしに生じることも当然に理解しています。そこで父王が取った行動は、リーナが王女としての判断と行動が行えることを示させることだったわけです。もし、一巻の時点でリーナが失敗をしていたとしたら、もちろんリーナに対する愛情は消えないにしても、国外で行動する王女としての資格なしとして、王宮に閉じ込めていたことでしょう。父親としての情愛と、政治的人間としての計算を両立させる父王は、果たして残酷な人間でしょうか?残酷かもしれないし、そうでないかもしれない。そこに人間性の複雑さを感じました。

この作品は、全編がそのように描写されています。あるときは悪人だった人物が、別の立場でいたときにも悪人(あるいは敵)でいるものでしょうか?悪はいつまでも悪なのでしょうか?勿論答えは否ですね。人間とは善人と悪人がいるのではなく、善人であり悪人であるものなのです。3巻でも、1巻においてはリーナの命を狙ったある人物が、リーナの心強い味方(とも言い切れないものの)として、リーナの旅に同行してくれます。その事実に対しても、リーナたちは過剰に警戒するわけでもなく、かといって馴れ合うわけでもなく、適度な距離感で接し続けます。これはリーナたちは人間とは立場の状況によって敵にも味方にもなると自然に理解しているからです。そして、なによりそのことを悲しんでいるわけではない。それが人間なのだという理解をしている。

しかし、それは人間に対するシニシズムに陥ることを意味しません。人間には善と悪があり、立場に応じて善をなし、悪もなすということを理解した上で人間の可能性を信じているということなのです。だからこそ、リーナは、無私の思いやりを何よりも尊ぶのです。それは単純に人間の善性を信じることとはまったく異なるもの。善も悪もあると理解した上で人間を信じること。人間の”行為”に囚われるのではなく、人間の”本質”を信じること。本当に意味で人間を信じることと言うのはそういうことであろう、と自分には感じられるのです。

このように、この作品は人間の愚かさと賢さを描きながら、それを超克するものを描いた極めて倫理性の高い作品となっています。倫理の行方については、残念ながらリーナとダール、リーナとパルヴィの関係などによって、多少に描写されるに留まっておりますが、ドラゴンとの対話によって、リーナのこれから取り得る可能性については示唆されているとも考えられます。これ以上に何かを見出すのであれば、それは我々自身が積み上げていくべきものなのでしょう。この極めて倫理的な作品を、最後まで捻じ曲げることなく描いた作者には感謝を。ライトノベルの枠に囚われることなく、人間の複雑さと倫理の必要性を描いた点が実に素晴らしい。子供に読ませてあげたい作品でした。

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コメント


素晴らしい評論です。
「人間は善でもあるし悪でもある」
まさしくその通りです。

いまの日本、世界に啓蒙すべきです。

深い知性に裏打ちされたブログ主様に恐悦至極です。

投稿: 閃戒 | 2010.12.08 00:52

過分な言葉ではあると思いますが、お褒めいただきましてありがとうございます。

まあ、実のところ人間が善であり悪でもあるというのは多くの人も知っていて、それを現実的にどのように実践していくかの問題ですよね。理屈は単純ですが、現実に行っていくことはとても難しい。そういうことは非常によくあることなので。

お褒めいただいたのになんですが、自分のはあくまでも机上の空論です。まだまだ実践が足りません。

投稿: 吉兆 | 2010.12.09 21:20

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