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2010.08.31

『ふたりの距離の概算』

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ふたりの距離の概算』(米澤穂信/角川書店)を読んだ。

(今回は物語のあらすじをけっこう書いてしまっています。まだ本を読んでいない方は、行こうの駄文は目にされない方がよいと思われますが勿論そんなのはその人の自由です)

古典部シリーズの最新作かー。まさかきちんと続編が出てくれるなんて、嬉しい話です。今回も非常に青春ミステリとしてすごくいい感じでした。青春であることとミステリであることが、実に重要な意味を持っているという一線がまったくブレていないあたりさすがの作者よ、と感心しました。素晴らしい。

古典部で突然起こった千反田と新入生の大日向との仲違い。大日向の言うように千反田が悪意を持って他者に接するはずが無いという想いのもと、奉太郎は大日向と出会ってから今までのの出来事を思い返し、原因を推理しなくてはならない。マラソン大会の20キロの道程が終わる前に…。

この導入時点で、ものすごくわくわくしてしまった。マラソン大会と言うのがいい。大抵の高校でも行われる普通の、生徒にとっては大抵は苦しいだけのイベントではあるのだけど、その間だけで推理を行わなくてはならないとか、安楽椅子探偵ならぬマラソン探偵ですか。そして、時間制限があり、必ず終わりがあるというのにどこか切迫感と切なさを感じる。壊れた人間関係は修復が難しい。誤解があるのなら、一刻も早く解決しなくては関係はこじれるだけ。人との付き合いは積み上げるのは時間がかかるが、壊れるのは一瞬であるという、そういう、人間関係の難しさ。そこに、関係性と言うもののはかなさを感じるのだ。

奉太郎は、マラソン大会の最中、大日向と積み上げて来た日々を回想する。それは、彼女との交流の日々であり、お互いを理解し、親しみを抱いていく日々…のはずだった。奉太郎にとっては、そこには恥ずかしいことや面倒なこともあったが、間違いなく暖かいもの…のはずだった。しかし、そこには、大日向にとっては、恐ろしく、恐怖さえ感じる日々でもあったのだ。自分を追い詰めていくものに怯える日々であったのだ。

回想のなか、些細な出来事から少しずつ推理を積み上げていく奉太郎。彼女との会話から、何気ない仕草から、彼女が考え、恐れ、憎しみを覚える過程を考察していく。それは、奉太郎や古典部にとっては平凡で楽しい日常のはずだったが、彼女にとっては恐るべき脅威によって崩壊していく日常であったのだということを、組み上げていく行為だった。

マラソン大会は順調に進み、ゴールは刻一刻と近づいてくる。距離はどんどん狭まってくる。そして彼女との距離は広がる一方だった。奉太郎が組み上げた推理は、それは誤解と錯誤と思い込みが招いた、しかし、誰が悪いわけでもない、悪意不在の、それでもどしようもないほどに”ふたりの距離”を遠ざけてしまった物語である。奉太郎は、どうしようもない物語を抱えたまま、大日向との対面を果たす。彼は手を伸ばす。距離をすこしでも縮めるために。ふたりの距離の概算。それは絶望的な物理法則が横たわる、人間の身には超えられないどうしようもない壁である。それは、人間の力には限界があるということ。一介の高校生である奉太郎は、たとえ謎を解き、誤解を明らかにしたとしても、一度、ねじれた関係は、離れてしまった距離をなかったことには、どうしても出来ないのだ。

ふたりの距離。それは強固な物理法則の如き圧倒的さで、奉太郎を突き放す。人間の無力さを噛み締め、奉太郎は歩き始める。立ち止まることは、その距離を諦めるということに他ならない。人間には離れた距離を埋めることは出来ない。出来ないと知りつつ、それでも走るしかないのだ。

それだけが、唯一、絶望と戦う手段であろうと、思えるのだ。

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受信: 2011.10.01 01:12

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