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2010.06.18

『エヴォリミット』プレイ中…その3

51jecmop8vl__sl500_aa300_雫ルートをクリアしました。エンディングも全部見たしCGも埋まったのでコンプリートかな。いやーなんかやってみたらあっという間だったな。

やっぱりこの作品は攻略順が制御されているようで、前のヒロインをクリアすると次のヒロインルートに入る選択肢が出現すると言うやり方をとっているようです(ただ、リーティアルートのときは選択肢に気がつかなかったので、雫ルートだけかも)。この方式の場合、基本的にそれぞれのシナリオを補完する形になるわけですが、雫ルートはまさに全体のフィナーレとして位置付けられていたかなと。何しろヒロインの雫だけではなく、カズナやリーティアについても(本人のルートほどではないけど)葛藤と克服が描かれていましたからね。本当に”大団円”を目指していたようです。なにより、前二人のルートでは結局何をしたいのか不明のままだったカンパニー・マンの本当の目的があきらかにされ、最後の決着がつけられることになります。正直、リーティアルートに比べるとライターである東出先生の悪い癖である「あれもこれもやってみたい」が出てしまって、シンプルかつ端整とさえ言えたリーティアルートに比べると、ゴテゴテとして洗練さには欠けています。登場人物もやたらと多く、カズナルートでの悪い点であったキャラ描写の分散も見受けられます。

しかし。だがしかし、カズナルートとは異なるのは、その筋悪とさえ言えるストーリーを強引極まる腕力でねじ伏せようとする圧倒的なパワーです。おそらくカズナルートは全体の導入、キャラクターの紹介も兼ねていたために不完全燃焼な印象がありましたが、ここ、最終ルートに到達した時点でそんな束縛も消えて、とうとう東出先生がフルスロットルです。もう伏線が唐突だとかキャラ心理の推移がわからんとか展開がご都合だとか、そういった東出先生の欠点は”さらにはなはだしくなって”いますが、それを上回るほどに”東出先生が描写したいと思った場面”への注力がすさまじい。だんだん読んでいると欠点がだんだん「まあ…いいかな」と思えてくるぐらいには描きたいシーンの描写へのこだわりには感銘を受けました。うーん、マンダム(意味不明)。

特徴的なのが寛太郎君関係のイベントなんですが、(ネタバレなので反転)親友との殺し合い(反転終了)と言う最後の場面がまず最初にあって、そこにたどり着くまでの伏線や寛太郎君の心理描写は極めて不足していると感じました。その結論にいたるまでの葛藤や動機などは、単に”そういう人間だから”と言うだけの説明しかされません。まあ動機を延々と説明されても困るんですが、彼が悪鬼羅刹に陥るまでの過程が描かれなさ過ぎて、どうも釈然としない気持ちになるのです。ところが、最後のバトルシーンがとにかく力が入っている。ああ、東出先生が描写したかったのはこの”絵”なのだな、別に過程なんかどうでもよくてこのシーンが書きたかったんだな、と深く得心いたしました。あまりにもテンションが高すぎて、勢いで感動しそうになってしまいましたよ。

フィナーレ編だけにあらゆる登場人物になんらかの決着がつけられると言う凄まじく強引な展開ではありますが、それぞれの描写は確かにカッコいい事は認めなくてはいけないですね。例えばカズナルートで大概格が落ちたと言うか落ちすぎたと思われる”災害(カラミティ)”の人たちですが、雫ルートでも扱い悪いです。ほとんど中ボスレベルで、不知火君と雫に撃破されるためだけに出てくる感じです。ただ、どちらかと言うと今回は人間としての彼らにスポットが当たっている感じで、これはこれでアリなんじゃないかと。ドミトリたちの最後の決断は、あんまり自分は好きな展開じゃないんですが、理屈としては理解できます。数万人を殺害し、血と復讐に狂った”ファントムキラー”の禊として、己の血を贖ったという事。数万人を殺害した罪は決して許されるものではないが、彼にとって最も大切な”家族”の血によって、彼は救いを得た。無論、それで彼がすべての罪を贖ったわけではなくて、むしろ正気を取り戻したことによって更なる責めを己に受けることになるわけだが、それこそが彼の罰であり救いであったとも言えるでしょう。前2ルートでは救われなかった彼が自分の本当になすべきことに気がつく過程、その罪を贖うという儀式は、実に真っ当なものであると思いました。

まあ正直、人間に戻ってしまった”災害”のみなさんが今後の火星で生きていくことは現実的に難しく、物語上の都合で死んでしまった感じもしないではないんですが、でも、彼らの罪の贖いとしては、仕方のない命の使い方なのかもしれないなあ…。

ラストバトルはなんですかこのデモンベインは?と言う感じだったんですが、ちょいとスケール感が弱かったのがSF好きとしてはやや残念。まあ元々この作品は超熱血超人バトルだったのでSF的なセンスは高くないのは当然なんですが(脱線するけど、その理由は”パッチ”と言う人類の文化をすべて変革するほどのガジェットがありながらも人間の生活が根本的には変化していないと言うあたりからSFをやるつもりはないんだな、と思っていました。そもそもこんな世界だったら道路いらねーんじゃないかな)、それにしても多元宇宙にまで突入してバトルを繰り広げているわりにはあまりスケール感を感じませんでした。ただ、カンパニー・マンの求めていたものを、主人公たちが一概には否定はせず、決着がカンパニー・マンの求めていたものを”叶える”と言う形で決着したのはさすが東出先生、と称えたい。確かに彼は大罪人ですが、それでも仲間であったのだ。彼はすべてに納得して消えていくと言うあたり、この決着のつけ方は良いのではないかと思いました。まあ結論そのものはちょっとどうかとも思わないでもないですが…。

えーと、あとエヴォリミット(限界進化)について。今までは進化を否定していた展開だったのが、ついにと言うかようやくと言うか、突破をいたしました。その意味については…うう、なんだか良くわからん…。結局、ココロが枷になっていたと言うだけの話?あるいは一人で進化したら孤独だが、二人ならば進化することも出来るという事?なんか納得いかねーなー。ここまで引っ張っておきながら、”進化”と言うことそのものには何一つ意味が見出せなかったんだけど…。…まあ、意味なんてないのかもしれんが。ただの超人バトルをしたかった東出先生の舞台設定に過ぎないのかも…。この結論が一番ラクなので、なびきかけています。

あ、意味が良くわからんと言えば、主人公の”悲しみが感じられない”と言う特性。これも有効には活用出来てなかったよね。まあ途中で「悲しみを理解できないから相手を悲しませたくない!」と言う展開があったけど、これも別に主人公が悲しみを感じられないと言う特性でなくても、代替出来る展開だよね。要は相手を悲しませたくない理由なわけだから。どうも思わせぶりだったわりには物語に必要不可欠という感じがしなかったのが、気になったなー。まあ主人公の”欠落”が実は”物語的には意味がない”(物語的動機に結びつかない)というのも斬新と言えば斬新…なの、かな?よくわからんわー。

とまあ、色々残念極まるところと理解できないところは多々としてありましたけど、しかし、それを補って余りあるほどのテンションのすごさがあって、実に東出ゲーだと思いました。あちこちにケチをつけてしまったけど、まあ実際には平日含めて1週間ほどでコンプリートしてしまったと言う事実を考慮してくだせえ。つまらなかったらこんなに早くクリアできないし、そもそもプレイしないしな。

あとはオマケCDもあるので、近いうちにそれを聞く予定です。

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