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2010.06.02

『疾走する思春期のパラベラム みんな大好きな戦争』

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疾走する思春期のパラベラム みんな大好きな戦争』(深見真/ファミ通文庫)を読んだ。

おー、ついに戦争が、一心不乱の大戦争が始まったぞ。人類の命運をかけて、スーパー異能力少年少女たちが自衛隊の超能力部隊と戦ったりします。いえー!テンション上がるー!

作者の実にノリノリな筆致で、人間がおがくずよりも軽くぶち殺されていく展開は、実に悪趣味で大変よろしいかと思います。わざわざ主人公たちに覚悟の時間を与えたり、そこから決意する描写を踏まえながら、やっていることはスーパーハイテンションバトルだもんなー。ものすごい命の価値が軽いですよ。死亡フラグを着実に積み上げていったあるキャラが予定調和的に死亡した瞬間にはもはや美しささえ感じます。作者は本当にこの戦争シーンを書きたかったんだろうなー、と思いました。一応、戦争の残酷さとか無残さとかを描写しておられまして、教訓的なジュブナイルとしての体裁をとってますが、どう考えても人間をぶち殺すシーンの活き活きとした描写を見るに、ついに深見真、解禁!と言う感じがいたしますな。

これは個人的な感覚になってしまいますが、とにかく深見氏の”死”の描写は軽い。とにかく軽い。そのことに対して倫理的な意味さえほとんどなく、ただひたすらに無造作に死んでしまう。”死”をあえて軽く書くことで、逆説的に死と言うものの特権性を排除していると捉えることも出来るけど…自分はそれよりもすごくゲーム的な印象を受けるんですよ。そこにそもそも人が生きているのか、生きていたのかと言うところが良く分からない。今死んだのは、生身の人間?それともゲームのキャラクター?このシリーズはわりと人殺しには抑制がかかっていたけど(過去形になっちゃったなあ…)、深見氏の”死”の描写には、”生”が感じられない。それがこの無味乾燥で無造作な”死”の描写に繋がっているのではないかもしれないね。

ええっと、だからなんなんだっけ?思いつきで書いているものだから、なんか話はまとまらないけど、まあとにかく、今回の戦争編についても、それと同じような印象を受けたんですよ。ガンガン人が死んでいくものの、そこに”生”なく、あるのは素っ気無い”死”のみがある。まったくもって荒涼としています。でも、それこそが深見真と言う作家を初めて読んでから感じ続けている興味深いところでもある。なんか、良い意味でリアリティがない。

まあ、もしかすると、これは”戦争”と言うものにリアリティを感じられない自分側の問題なのかもしれないのだが。死と言うものに対する無感動さが、この作品に対する死の取り扱いに反映されているように読んでいるのかもしれない。…まあ、どうでもよいことではあるのだが。

少なくとも、深見先生は、あまり人が死ぬということに幻想と言うか、物語を抱いていないタイプの人であることは間違いないんじゃないかなあ、なんて事を読みながら考えてしまったのでした。勝手な妄想ですね。すいません。

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