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2010.05.19

『B.A.D. 2 繭墨はけっして神に祈らない』

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B.A.D. 2 繭墨はけっして神に祈らない』(綾里けいし/ファミ通文庫)を読んだ。

前作よりも、良くも悪くもラノベっぽくなった印象。まあでもこれが正しい選択なんだろうな。ラノベ的には。ひたすら妖しの気配に満ちた作品を描きつつ、小田桐を中心にLOVE寄せを図っている感じがあって、まあ一応ラノベにしているつもりなんだろうな。まあ登場している女の子はどれもこれも”アレ”だったりするが、さすがにそこは譲れない線なのだろう。

繭墨の行動原理は相変わらず語り手である小田桐には理解が出来ないようで、大分読者をイライラさせる要素になっていたように思うが、これまたわかりやすい行動をしてしまっては興醒めであるので、繭墨さんには今後も飄々と人間を救いもするが地獄に突き落としもする独自の倫理観を貫いて欲しいところだ。

だけど、この方向性を続けていくのは相当厳しいのだろうな…と2巻目を読んでいて思ってしまうのも確かで。小田桐くんって、こんなに熱血漢だったかしらー?と驚いてしまった。まあ前巻で彼の怪異に対する感情に一区切りがついて、周りに目を向ける余地が出てきたという事なのかもしれないが、雄介とのやり取りには違和感を感じざるを得ず…。そんな無理に会話の掛け合いなんてしなくてもいいのに…と思ってしまうのだった。なんなの、ラノベには必ず笑える箇所がないといけない、みたいな縛りは。いつからこんなにラノベは偏屈なジャンルになったの?低体温な価値観の持ち主が揃っているのだから、無理に熱くしなくても、低体温のまま進めてもいいと思うんだけど。いや、最初にも書いたけど、これは仕方のないところなんだろうとは思いますよ。思いますけど、一巻で面白いと自分が思ったところはそこではないので、まあしょうがないところではありますがね。

ちょっと文句ばかりつけてしまったので、立て直す。

作中の怪人たちの動機がさっぱり分からないあたり、相変わらずよろしいですね。金魚の人なんて、壮絶に趣味が悪く猟奇的な性格をして悪意にも満ちているというのに、小田桐に作中で唯一”忠告”をする。それは一般人でありながら、自ら望んで怪異に関わろうとする人間に対するシンパシーのようなものかもしれないが、そのような悪意に満ちながらも奇妙な親愛を感じさせる人物の描写が大変素晴らしかったように思います。そしてそんな老人に関わる雄介の屈託ない態度。いやーいいですね。この理解を拒絶した展開。そこに確かに理屈と感情の流れが横たわっているのに、その理屈が異形の形をしている。それが実感できる。あと、今回から登場した新ヒロイン(小学生)の描写もまた、いわゆるヤンデレとは一線を画している。まあラノベらしく、小田桐に好意を持っているっぽいお嬢さんで、小田桐の住んでいるアパートの大家であるというそれなんてエロゲ的存在でありながら、その精神がどこか破綻しているような、いや、破綻はしておらず、どこか怪物的な理性の存在を感じさせるあたり、実に僕の好みにあっておりました。今回のメインである水無瀬家の方が実にわかりやすい情念劇であったので、こっちで伝奇物としての成分を補給していた感じですかな。メインを分かりやすく、細部を趣味に走っているという構成は、なんとなく混乱している印象を受けるものの、わりと上手くやった感じではあるやもしれんね。

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