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2010.04.16

『創世の契約(5)新天地(ノイエヴェルト)』

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創世の契約(5)新天地(ノイエヴェルト)』(花田一三六/C・NOVELSファンタジア)を読んだ。

創世の契約シリーズ完結編。延々と積んでしまってすまんかった。ようやく読みました。さて、花田一三六といえば自分はザ・スニーカーに掲載された当初から読んでいるわりと古い読者だったりするのだが(ついでに言えばデビューは冲方丁とほぼ同期だ。ザスニで対談もしたことがあった)、どうにも突き抜けないところがもどかしい作家ではあった。とにかく短編がものすごく面白い作家なのだが、長編になると途端にその長所が欠点に変わるという非常に勿体無い作家性の持ち主なのである。短編においてはその簡潔極まる文体と独特の美学に基づいたエピソードが非常に魅力的になるのに対し、長編になると簡潔すぎる文体ゆえに長編としての体裁を整えるために描写が水増しされ、独自の美学はエスカレートしすぎてくどくなる。そうして持ち味ですべて台無しになってしまうという作家性の持ち主なのである。とにかく長編に向いてないんだよね。あらゆる資質が短編に向いていて、長編が面白くないのだ。

だがしかし、ようやくと言うかなんと言うか、作者も長編のリズムを掴みつつあるようだ。全5巻で完結したこの作品だが、ようやく本来の持ち味である簡潔にしてリズミカルな文体を、薄めることなく長編として描くことにある程度は成功しているのではないだろうか。少なくとも、個人的な感覚になってしまうので恐縮ではあるが、無駄なエピソードや水増しされ(そして薄まった)描写はほとんど感じられなかったように思うし、数多く存在する登場人物のエピソードも”くどく”ならない程度に抑えられつつも魅力的に描かれている。レスティサイドの世界の真相を解明するパートとともに「傭兵王」ライゲンベックの寡兵による攻防戦が並行して語られているところも、読者の興味を切らさない作者の配慮が感じられた。正直、作者に欠けていたのはこのあたりのエンタメに対する配慮の部分であり、いろいろな試行錯誤が感じられたのは喜ばしいところである。

ただまあ、簡潔な文体を始めとして、非常に読者に対してリテラシーを要求する作風、言い換えれば独特すぎる美学に基づく作品作りそのものは相変わらずである。感情移入至上主義者にとっては、あまりにも文体が素っ気無さ過ぎてだれに感情移入していいのか分からないだろうし、そもそも、作品的にも盛り上がりどころがほとんど無い。と言うより、あえて盛り上がる部分を排除している。この部分は非難されやすいところではあるのだが、僕はこの部分を肯定したい。なぜなら、なんとも説明が難しいのだが、簡単に言えば盛り上がりを排除しているところに作者の美意識があるのだ。透明な美しさ。簡素であるゆえの端麗さとも言うべきか(だが、実はその意味ではこの作品では徹底されていない。前述の通り、エンタメとしての配慮のためにノイズが多くなっている)。つまり、作者は読者を楽しませるよりも、自分の美学を優先させる。それはエンタメを期待している人には物足りないと思うだろう。人によっては駄作だと評するかもしれない。

だか、自分はそのような作家のことが嫌いではない。と言うか好きだ。自分が”美しい”と思うものを表現しようとする作者の姿勢には好感さえ覚える。それゆえに、今作はエンタメをわりと志向していることに複雑な想いはあるのだが(前述していることと矛盾があるように思えるかもしれないが、エンタメ作家としての成長している点は喜ばしくもあり、そうでもなくもあって、自分の中でも評価が分裂しているのである)、今後、作者がどのような作品を作っていくのかについて気になってしょうがない。あくまでも我が道を突き進むのか、あるいはエンタメを志向するのか。なんとも悩ましい想いがある。

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