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2010.04.06

『メグとセロン(5)ラリー・ヘップバーンの罠』

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メグとセロン(5)ラリー・ヘップバーンの罠』(時雨沢恵一/電撃文庫)を読んだ。

本当に時雨沢恵一はすごいねえ。もうこれライトノベルじゃなくて児童文学の領域に足をつっこんでるよ。セロンたち新聞部員と言うなの少年探偵団が、学校で起こる小さな、しかし青春的には極めて重い出来事に対して取り組んでいくという物語なんだけど、事件への向き合い方がとても好ましくでほくほくする。彼らは別に事件を解決しようとか考えてなくて、あくまでも関わった出来事について、誰もが幸せになれるベターな方向に向かわせようとしているだけなんだよね。事件に関わった人たちを”助けよう”とは考えない。ただ、彼らが困った壁に直面しているのであれば、それを手助けしようとはするというスタンスが、実に好ましい。好ましすぎてあまり子供らしくはないが(中二病とは無縁な奴らだぜ)、皆、すごく知的で成熟している。もっとも成熟しているとは言え、青い部分もあって、友人の侮辱に対して本気で怒ったりもするものの、それさえも後々まで引くことなく、理性的に対応する。とんでもない奴らだなー。

今回はタイトルの通り、ラリーが中心となる話。メンバーの中では一番の単細胞と言うか、肉体労働担当な役割を負っている存在ではあるが、今回はその意外なまでの繊細な心遣いと、いつも通りの男気を発揮して活躍する。まあシナリオを考えるのはいつも通りセロンの役割だし、下準備をするのは新聞部のメンバーではあるんだけどね。それでも、最初に事件に気がついたのはラリーだし、この結末を望んだのものまたラリーなのだ。ラリーが望んだのは、好きな人に対して素直に好きと言う勇気を与えること。それに伴う困難は知りつつも、その背中を押してあげること。それは無責任と呼ばれるだろうか?まあそうかもしれないが、ラリーはきちんと選択肢を”彼ら”に提示したことは忘れてはいけないよね。本気で想っているのならば、覚悟を示さなければならない。まあ、それだって本人たちも分かっているんだけど、ちょっとやり方が良くなかった。だからラリーはちょっとお節介をしただけなんだとも言える。

新聞部のメンツは、そんなラリーの、ある意味において自己犠牲的と言うか、自分のことよりも相手のことを考えてしまうところを好ましく思いつつ、いつも通りにからかったり冷やかしたりする。そんなところもまた成熟しているね。下手に慰めたりせず、普段どおりに接することの優しさ。本当にこいつらは良い仲間たちだなあ。登場している人たちに、悪人が一人もいないあたり、すごく優しい世界が存在していて、すごく綺麗な物語だと思った。

……ま、この世界の裏では『リリアとトレイズ』のような血で血を洗う暗闘が続いているんだけどな。そうした血みどろの世界の上に、このような平和が存在しているのだと思うと、切ないような、ホッとするような不思議な気持ちになる。世界は美しくなんかない、だからこそ美しい、ってか。時雨沢恵一、ブレない作家だぜ。

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