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2010.03.31

『アスカ―麻雀餓狼伝』

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アスカ―麻雀餓狼伝』(吉村夜/富士見ファンタジア文庫)を読んだ。

最近では咲とかスーパー超能力麻雀百合アクション漫画が流行っておりましたが、こちらはもっともっとドロドロに泥臭い方向性でございます。いわゆる阿佐田哲也系の、生きるために、そして食らうために麻雀を打つと言う、弱肉強食の世界。もっともねー、昭和初期とかならともなく、現代の、しかも仮にもライトノベルにおいて、戦後初期のような猥雑かつ生きるために懸命なエネルギーと言うのはリアリティを失っているわけですよ。ギャンブルに対するモチベーションをどのように主人公に与えるのか、ここはかなり重要なところだと思うんです。例えば咲は、麻雀が市民権を得て、国民的娯楽として確立しているというパラレルワールドを舞台にすることで解決を計りました。あの世界では、麻雀をやることは別段後ろ暗いことではなく、きちんと健全とした競技として成立しているわけです。ところがこの作品では、麻雀はやっぱりギャンブルであり、真剣を打つような人間はやはり裏社会の人間が多いのです。

さて、現代の少年であり、とくに衣食住にも不足していない主人公に、どのように麻雀の道に向かわせるモチベーションを作り出したのか。なんとその答えは「中二病」です。平凡な日常には飽き足らず、裏の世界、非日常への憧れ。そしてその世界での活躍を夢見る主人公。まーさーに中二病的精神の発露であり、それゆえにライトノベルとしても極めて正しい設定である。最初は麻雀博徒伝でラノベって無茶じゃね?とか思っていた自分ですが、なるほどこの設定はたしかにラノベ以外のなにものではない。ラノベとしてはまったく斬新なことをしていないにも関わらず、麻雀ラノベとしてはなんとも新鮮に感じるのであった。

そしてそこから主人公の無邪気な全能性が叩き潰され、世界は少年に優しくないというところをねちっこく描いているところはさすがに作者らしい。実に正しいジュブナイルですね。少年は夢想を追い求め、少女は現実を見据えるという主人公の覚悟のなさが浮き彫りになる展開は、まさに王道。そこから這い上がり、小手先ではない、本当の力を身につけてリベンジを行う、行えてしまうというところはファンタジーでありライトノベルの基本線を外していないのは、作者らしい教養主義に表れか、あるいは限界か判断に悩むところではあるけれども、少なくとも綺麗に物語がつながっているので良いのではないでしょうか。

ただ、問題はこれ物語の構造がファンタジーと言うか、完全に行きて帰りし物語を踏まえているような気がするんだけど。物語の文法がすごくファンタジー小説っぽいんだよね。主人公を異世界に導く”魔女”に、彼を助けてくれる”妖精”、そして力を与えてくれる”魔法使い”。いないのは魔王だけなんで、もしこれで魔王が登場したら、間違いなく倒した後に主人公は日常に帰還する展開になると思うんだが、果たして。ま、妄想に終わるかもしれんけどね。

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