« 2010年1Qアニメ視聴状況 | トップページ | 買ったもの »

2010.02.16

『ベン・トー(5)北海道産炭火焼き秋鮭弁当285円』

51itwihcmql__ss500_

ベン・トー(5)北海道産炭火焼き秋鮭弁当285円』(アサウラ/スーパーダッシュ文庫)を読んだ。

今回はベントーシリーズの中でも異質な回でしたね。半額弁当争奪戦と言うどう考えてもバカバカしいバトルを、信念と生き様を賭けた熱い戦いに昇華してきたこのシリーズだけど、しかし、やっぱり半額弁当に思い入れのない人にとってはバカバカしいことなんですよ。今回登場した広部さんは、半額弁当なんてまったく関係のない芸能アイドルで、虚構を築き上げた自分を通り越して自分を見てくれる佐藤に対して屈折した気持ちを抱いているわけです。彼女にとって見れば、半額弁当なんてものに血道を上げている佐藤は本当に頭がおかしい。こういう外部の視点、価値観が存在しているのが今回のベン・トーの面白いところです(もっとも広部さんの気持ちについては判断の分かれるところで、単にあやめに対する競争心のようにも思えるし、独占欲のようにも思える。まあこのあたりは本人もはっきりしていないんだろうな)。

つまり、広部さんは”世間一般の価値観”の象徴として物語に関わってくるんですね(少なくとも最初は)。半額弁当なんて求めるよりも、もっと普通に勉強して、遊んで、なにより佐藤に対して自分と一緒にいて欲しい。そういうことを言ってくるわけです。佐藤にとっては広部さんは最初から憧れの存在であり、好きな相手。さて、ここで佐藤は選択を迫られるわけです。果たして自分は広部さんの手を振り払ってまでも半額弁当を追い求める意味があるのか?そもそも半額弁当に意味などあるのか?

その結末はこの物語の最後のクライマックスに関わってくるわけなんですが、この決着のつけ方があまりにもクールすぎて、正直、びっくりしてしまいました。正直、自分の予想では、単に佐藤はそれでも半額弁当を追い求める道を選ぶとは思っていたんですが、それが広部さん自身の問題、すなわち、”人は何のために生きるのか””他者の価値観のままに生きることは正しいのか”と言う問題を突きつけ、広部さんを単純に佐藤が振るのではなく、広部さんを誰よりも好きであるからこそ、佐藤は広部さんとは一緒にいられないのだ、と言う結論に達する理屈の流れが神が降りているとさえ思った。

佐藤は基本的にバカなんだ。彼が広部さんが好きなのは、別にアイドルだからってわけじゃない。美人で、性格が悪くて、それでも突っ張って、ときどき綺麗に笑う。そんな広部さんが好きなのだ。だけど、広部さんは自分が生きるためにいろいろなものに縛られてしまっている。芸能界の決まりごと。ファンのイメージを壊さないこと。まあいろいろ。ただ、本来は広部さんのやり方は間違ってはいるわけではないんだ。いろいろなしがらみの中で、それでもやらなければならないことがある。ただ、広部さんはちょっと疲れてしまっているだけなんだよね。自分を偽らなくては、だれからも必要とされないのではないか、と言う疑問に支配されてしまっている。そこから、偽らない自分を見てくれる。そんな佐藤に執着している。

ただね…佐藤と広部さんは完全にすれ違っている。佐藤は偽らない広部さんが好きだ、と何度も言っている。けれども、結局、広部さんはそれを信じることが出来なかった。「半額弁当と自分がどっちが大切なの!?(大意)」と言うある意味究極の選択を投げかけた時、佐藤を引き止めるために使ったのは”アイドルである自分”だった。人気アイドルである自分と言うのは、おそらく最大の彼女の武器であったのだろう。最終手段であったのだろう。…だけど、それこそが佐藤がもっとも望まないことであったことに、彼女は気がつかなかった。佐藤はただの広部さんが好きだったのに、彼女はアイドルであることで佐藤を繋ぎとめようとした。佐藤は、結局、自分の想いが何一つ彼女に伝わっていなかったことを、ついに認めざるを得なかったのだ。どうにもならないほどのすれ違いである。

だが。ここで終わったのならば、それはただの恋愛小説である。だが、これは”ベン・トー”なのだ。佐藤は誇り高き狼なのだ。信念のためならば、世間の価値観からばくだらないとバカにされようとも、それでもなお戦うことを選ぶ狼。広部さんに自分の想いが伝わらなかったことを知った佐藤は、最後に彼女を戦場(スーパー)に連れて来る。言葉では伝わらないことを、行動で示すために。想いの届かなかった相手に、最後のエールを送るために。

すなわち”自分の価値は自分にしか決められない”と言うこと。誰かが馬鹿にしようと。世間から外れようと。自分の求めていることが、客観的に見てバカバカしいものであろうと。”自分の求めるものを全力で手を伸ばしたという行為そのものは限りなく「本物」である”と言うことを。クライマックスの戦いは、社会にとっては”くだらない事”以外なにものでもない、しかし、それでもなお彼らには一片の気後れも無い。ただひたすらに誇り高く、勇敢に、力強く、半額弁当を求め続けるのだ。そこには一切の虚飾はなく、ただ己の信念と腹の虫のみが真実。バカにされても、それが大切なことならばそれでいいんだ。それこそが佐藤が広部さんに伝えたかったことなのだろう。

半額弁当争奪戦と、社会で生きることの苦しさの問題を止揚したこの作品は、凄まじい作品であると言わざるを得ないと思うのだ。

(2010/02/17追記)

書き忘れていたけど、途中に出てきた大谷と牧のカップルは、佐藤と広部の関係の写し身と言うか、対比関係にありますね。アイドルと言う虚構に憧れ、傍にいる相手の気持ちにさえ気がつかなかった大谷。守りたいと思った相手が、自分よりも背が高く、腕っ節も強いと言うことで牧を避けていた大谷なんだけど、これもまた相手に幻想を見ていた。そんな二人が、幼き日々の思い出を取り戻し、自分の思い込みに支配されていた大谷が牧に対する曇りなき眼差しを取り戻すと言う点で、この二人は”分かり合えた佐藤と広部さん”を象徴しているのだと思う。広部さんに対するヒントはこの時点ですでに現れていたんだね。

|

« 2010年1Qアニメ視聴状況 | トップページ | 買ったもの »

コメント

いつも楽しく仕事合間に見させてもらってます 素敵なレビューだと感じてます これからも続けていただけると幸せです('◇')ゞ

投稿: ひれ | 2010.02.19 13:09

どうも。まあ、気力と体力と書くことがあるうちは続けるつもりです。

投稿: 吉兆 | 2010.02.19 23:45

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29313/47587532

この記事へのトラックバック一覧です: 『ベン・トー(5)北海道産炭火焼き秋鮭弁当285円』:

« 2010年1Qアニメ視聴状況 | トップページ | 買ったもの »