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2010.01.19

『オウガにズームUP!(4)』読了

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オウガにズームUP!(4)』(穂史賀雅也/MF文庫J)読了。

最後の一行を読むまで、終わるということにまったく気がつかなかった。おかげで、最後の一行を読み終えた瞬間の「終わる感」がものすごい勢いで襲い掛かってきて混乱させられてしまった。まあ確かに宮内さんの出来事があったりしてなんとなく物語が動いていたような気もするけど、まったく予測してなかったよ。前半の別エピソードがこれまた素晴らしい話だっただけに(と言うかこのシリーズ、別キャラ別エピがやたらの品質高いよな。短編がとにかく上手い)まだまだ続くものだと楽観していたためにショックも大きいなあ…。

とは言え、実にこの作品らしい終わり方ではあったとは思う。この作品の根底には、”人生にはドラマティックなことなど起こらない”と言うものがある。あ、これはドラマを否定していないよ。あくまでも”人生はただ平凡に過ごすだけで十分にドラマティックなのだ”と言う、つまりは日常賛歌の作品なんですね。逆に言うとどんなに突飛で異様な出来事であろうとも、すべては日常に、当たり前の出来事になっていくということでもある。それがたとえ女の子がオーガ族であっても変わらない。非日常もまた受け入れた瞬間から日常となる。だから重要なことは”日常の中にこそドラマがある”と言うこと。属性とか記号とか異世界とか異能とか、そんなところには”本当に美しいものはない”。美しいものとは、一緒に歩く彼女の横顔とか、熱を出して眠っている彼女を介抱しているときとか、同じ趣味について話題が弾む一時とか、そういうさりげないところにある。少なくとも、作者はそういうところにある美しさを語り続けていると思うのだ。彼女の横顔を見つめ、ある瞬間に世界が収束し、反転するその時。”人が恋に落ちる瞬間”をこれほどまでに丹念に描く作家は少なくともラノベではこの作者以上は知らない。そして普通の恋愛小説よりもこの作品が優れているところは、先述した”日常の中にこそドラマはある”と言う視点だ。作者の手にかかれば何気ない当たり前の日々でさえドラマティックな出来事に変わる。否、ドラマは最初からそこにある。だれもが気がついていないだけで。

だれもが見過ごしていく日常の美しさを描くこの作品には、確かにダイナミックな物語はないね。むしろそうしたダイナミズムを拒否しているところに真骨頂がある。空を見上げるのもいいだろう。派手な出来事に憧れるのもいい。けれども、時には足元にも大事なものがある。作者の物語にはそうした優しさがあって、僕はとても好きなのです。もっともっとこの物語の続きを、いつまでも見続けて行きたいと思っていたけど、これでお別れとは本当に残念です。またどこかで作者の作品に出会えることを願っています。

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