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2010.01.08

『アイゼンフリューゲル(2)』読了

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アイゼンフリューゲル(2)』(虚淵玄/ガガガ文庫)読了。

これは来たねー。空を飛ぶことに魅了された男の、しかし、どうしようもなく戦争と言う現実に飲み込まれていく姿を描く。もうね、ただ純粋に空が好きなだけの、ただの男が持って生まれた才能によって破滅に向かってフルスロットルで駆け抜けていくウロブチ節が全開になっている作品ですよ。主人公たちの空にかける情熱は熱く、空戦シーンは血沸き肉踊り、主人公は活躍するわけですが、そのすべてを背負い込んでいく主人公の姿は悲劇以外なにものでもない。作中では、実はそれほど過剰にウェットには描かれていないので、うっかりすると熱い戦争物としても読めてしまいそうになるわけですが、やはりこれは”戦争には向かない性質”の男が自らの戦争の才能によって己の求めるものをすべて失っていく話なんですよね。あらゆるものを失い、自らの心を磨り潰し、空っぽになってしまったカールにとって、残されたものは”空”だけだった。これは”空だけは残った”と捉えるかどうかで印象は大分変わってくると思うんですが、人殺しになった自分に絶望し、”生きる”と言うことを選択出来なかったという時点で、カールにとってはやはり救いと呼べるものはなかったんじゃないかな、と思います。帝凰龍との純粋なる勝負の間だけ、彼は人殺しである自分を忘れることが出来た。絶え間ない罪悪感と自己嫌悪から解放されることが出来た。彼の救いはどこにもなかったのだということが出来ます。まあ、とは言え彼自身の幸福がどうであったかと言うのは実は重要ではないと言うか、第三者から判断することは不可能と言うかであります。生に希望がなかったとしても、自らの望みの、幸福の中で死んだと言うことは否定出来ないところではありますしね。その生を”評価”することは傲慢とさえ言えるでしょう。と言うわけでカールの人生の意味については脇においておきます。重要なことは、カールの生きた意味を、どのように後の人間が受け取って行ったのか、と言うこと。後の人間の行動によって、その意味は付与されていくのでしょう。後世の人間によって意味付けされていくことは本人にとってはなんの意味も無いことかもしれないけれど、受け継ぐ人間にとっては重要なこと。まあそれだって意味があることなのかどうかわからん話ではあるんですが。まあそれを言ったら人間が生きている意味そのものがあるのかと言う話になるし、そんな議論こそ無意味なことですからね。ハイハイ、中二病乙。まあでもそうやってなんとか生きたり死んだりしていることは、俯瞰する”何か”にとってみれば滑稽かもしれないんですが、まあそれでもなんとかやっていけるとすれば、何かを引き継いでいくことなんじゃないかしら、と自分でもたまに思ったりもするわけです。振り返ってみれば失敗だらけの人生だって、もしかしたら何かの意味があったりするのかもしれないし。勿論ないかもしれないけど。まあ、それでもいいんじゃない?と言うような話だったと思います。

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コメント

「空を飛ぶ」ことが竜との競争や空戦などのエンタメと飛ぶ理由という問題提起を含有していてシンプルながらも楽しめました。
個人的にはエンタメの部分が非常に好きだったため、終盤のオチのつけ方は少々残念でした。虚淵作品らしいといえばらしいのですが。エピローグが希望のあるものだったので読了感はよかったです。

なんか感想になってしまってごめんなさい…。

投稿: hisasi | 2010.01.28 01:40

どうも。終盤はわりと意見が分かれそうな感じですね。綺麗に終わっていると言えば終わっているので、難しいところではありますが。

投稿: 吉兆 | 2010.01.28 23:49

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