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2009.12.12

『地球保護区』読了

51jfh6lgx1l__sl500_aa240_地球保護区』(小林めぐみ/ハヤカワ文庫JA)読了。

環境汚染によって人類が地球から退去してから数百年。”天才の出来損ない”として生み出されたシウは、地球退去時代から生きる賢者コーリンとともに、調査のために地球に降りる。そこは許可無く再開発を行う人々が住んでいた―――。と言うわけで、どの派の人間も地球を愛することについては同一していながら、それぞれのスタンスの違いによって争い憎みあう姿を、ややシニカルな視点で描いている。

いわゆる地球環境を”保護”するというお題目の皮肉さ、みたいなものが出ているような感じ。地球に居住することに拘る人たち、あくまでも地球保護を最優先と考える人たち。どちらも間違ってはいないけれども、決して正しいわけでもないという作者のスタンスが見受けられますね。保護なんてただのお題目。単に人類が”正しい”と思う価値観を地球に押し付けているだけに過ぎない、と言うことが作中でコーリンによって読者に伝えられてきます。まあもっとも彼女自身それを信仰しているわけではなく、決して自分が正しいと考えているわけでもなく、また彼女のその対応によって多くの人間が(間接的にしろ)犠牲になっているという事実もあって、なかなか作者の意地の悪さ(と言うかバランス感覚なんでしょうね)が伺えますね。

まあこの手の話は水掛け論になってしまうのであまりしたくはないんですが、コーリンのスタンスが一番しっくりくるかなあ、と思います。地球にとって何が一番良い事なんてわかるはずもないので、汚染も突然変異もひっくるめて受け入れるしかないんじゃないかなー、と言う。勿論、人類が自らが生き易い環境を作っていくということ自体は肯定されるべきなので(自殺をしたくないもん。地球環境より人間が大事とは思えないね)、その辺りを見極めつつ、ですかね。まあそれが一番難しいんだけどー。

あと、シウのオリジナルである天才科学者が、本当に傍迷惑なことしかしなかったのは興味深かった。この手のマッドサイエンティスト的な天才って言うのは、大抵は凡人には計り知れないスケールで物事を考えたがゆえの奇矯な人物だったりするのが物語的なセオリーだと思うのだけど、この人物は、おそらく科学と言うものの残酷な無邪気さの象徴なのか、発明するものはすごいのに、結果が迷惑にしかならない(研究そのものはすごくても、その結果を考えない)。結局、科学さえも生かすも殺すも担い手次第なんだよなー、と言うところを体現しているキャラクターでした。

人間が人間らしく生きようとするだけで、さまざまなものを食いつぶし、影響を与えるのであって、人間に出来ることはせいぜい謙虚に生かしてもらっているということを自覚するしか出来ない、と言うのもシニカルではあるけど、どこか清々しさを覚えます。結局、最終的になにも解決しなかったけれども、それでも人間は今を生きていくという、どこか開放的な印象をラストに受けました。投げっぱなしと言えば、まあそうなんだけど、それはそれでいいんじゃないかなー。

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