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2009.12.19

『ブギーポップ・ダークリー 化け猫とめまいのスキャット』読了

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ブギーポップ・ダークリー 化け猫とめまいのスキャット』(上遠野浩平/電撃文庫)読了。

霧間さんたちは魔女戦争でド派手なバトルを繰り広げている一方で、ブギーさんはいつも通り世界の敵を淡々と狩っていたのでした。ブギーさんが魔女戦争に姿を現さないのは、魔女たち自身は”世界の敵”ではなく、魔女たちもまた既存の世界に属するものであり、そこから外れて自我を肥大化させていく存在ではないと言うことなんでしょうな。別の言い方をすれば、彼女たちは”強者”であると言うことも出来ます。強い存在は思うがままに自己を貫けばよいだけであって、”世界”をどうこうなんて考えない。”世界”を変えたいと望むのは、いつだって”弱者”なんですよ。弱さこそ、正確には弱さを克服できなかった存在こそが”世界の敵”と呼ばれる存在になるわけですな。つまりブギーポップってのは、基本的なフォーマットはジョジョの奇妙な冒険第4部に良く似ている。敵のあり方と言うのがまんまその通りなんだけど、今回は特にそれを強く感じました。たぶん、”世界の敵”が”永遠の逃亡者”であることに関係があるように思うんですが、このあたりはネタバレになってしまうのでほどほどに。ただ、今回の世界の敵は、己の弱さ、欲望に負けて、困難や試練から逃走すること”だけ”を目的としており、あらゆる行為はすべて逃走にのにつながっている。ありとあらゆる恐怖から逃げて、ついには自分自身からも逃走している”敵”の、存在としてのあり方そのものが、世界の敵としての条件に当てはまってしまうのでしょうね。困難から逃げる、ただその弱さこそが多くの人々を巻き添えにして破滅させる真の邪悪であると言うこと。つまり、世界の危機とは、強さではなく弱さによってもたらされる。ブギーポップの主題とは、すなわち人間の”弱さ”についての者と言うことが出来るのではないでしょうか。ジョジョで例えるならば、敵スタンド使いが主人公になって、条太郎(ブギーポップ)と戦う物語だということですね。弱さゆえに”敵”は攻撃性を有し、弱さゆえに戦い、そして弱さゆえに敗北していく。いいえ、”敵”は”敗北することが出来た”のでした。何一つ積み重ねることの出来ない逃走の中、ブギーポップによって敗北させられることによって、ついに安息を得ることが出来た人々の物語と言えるでしょう。ただ、その敗北により彼らの想いが無になったのかどうかはわかりません。この事件を通じて関係者の心の中になにかを残したのかもしれないし、あるいはこのまま忘却されるのかもしれません。それさえも受け入れたまま、ブギーポップは去る。そうして、後のことは当事者たちの物語となるのでした。

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