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2009.11.20

『電波女と青春男(3)』読了

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電波女と青春男(3)』(入間人間/電撃文庫)読了。

今回のテーマ。「諦めたら、そこで試合終了だよ」。この一言で説明がつく。今回の話は、人生に対して拗ねてしまってナチュラルに後ろ向きなスタンスになってしまったイトコこと真くんの、夏の一時であるのだが、そこで反復され続けるのは冒頭のテーマ。今巻にて登場する謎の超能力者(自称)で宇宙人(自称)の美少女、星宮社は、真に対して繰り返し、”超能力”の存在意義、定義について説く。この超能力と言うものが、「諦めたら、そこで試合終了だよ」になるわけだ。それは別に精神論の話をしているわけではなくて、超常的な力の存在について語っているわけでもない。ただ、”何かが出来る”と言うことを”信じる”こと。それだけが、物事を動かす唯一の力なのだということなのだ、と言う話なのだ。

いやー入間人間といえば中二病の権化と言うか、いろいろな意味でエゴイスティックかつ自意識肥大な作品を書くという印象が強かったけど、これほど真面目なメッセージを篭めて来るとはびっくりしてしまったなー。いや、2巻も実に爽やかで綺麗な話だったけど、3巻はちょっとすごいと思ったよ。本当にたった一つの事を語るためだけに出来ている作品なんだもの。もちろん、社の正体とか、彼女の仕事ってなに?とか、真は本当はどうなるはずだったの?とかいろいろと伏線らしきものを撒き散らされている(回収される見込みは不明)。だけど、それらはあくまでも今後の伏線であって、本題ではない。

繰り返すが、今回の話の本題は、「自分の可能性を信じること」である。いきなり脱線するけど、自分もそれなりに歳を取ってくると、「諦めること」に慣れて来る。子供の頃のように、夢を語るばかりじゃいられない。自分の望みは叶うはず無いし、口に出すなんて恥ずかしくて出来ない。でもね、そんなカッコいい諦めは、全然カッコよくないんだ。それはただ自分の未来の可能性を摘み取っているだけに過ぎない。どんなに荒唐無稽で夢みたいなことであっても「自分が出来ると言うことを信じる」ことをやめなければ、可能性は0じゃない。逆に言えば、諦めた瞬間にすべての可能性は0になるのだ。”試合終了”と言うのは、まさにこの可能性が0になった瞬間を指している。

真は、青春ポイントを獲得する以外には、さしたる執着は持たない少年だ。過去の挫折の経験から、ささやかで平凡な幸せを得られれば良いと思っている。けれど、それ以上に彼が望むことはない。自分自身が何かを掴めるとか、そういうことは諦めていたのだ。社はそんな真を叱咤する。諦めるな、と。可能性を信じ続けることを教える。別にそれは大袈裟なことじゃない。友達がバスケの試合に出場するのを、必死になって応援することもそうだし、草野球で凡打の山を築きながらも、いつかはホームランが打てることを信じてバットを振り続けることもそうだ。たったそれだけのつまらないことを、しかし、諦めないで続けていくこと。それが信じるということだし、可能性を失わない方法であるということなのだ。社とかかわり続けるうちに、少しずつ自分のスタンスに疑問を抱き、社に乗せられる形ではあるが、信じることを覚えていく真は実に正しい成長をしていると思うのだった。

…ってアレ?この巻のヒロインって完全に社じゃね?エリオの存在意義はどこに行ったの?小動物化が進んでマスコット状態になっているけど、物語に全然関わってこねーじゃねーか。リュウシさんの方がまだ物語に関わっているぜ。前川さんは、まあ、あれはトリックスターだからなあ…。まあ2巻までの経験の結果、真が自分の”超能力”を信じられるようになる下地が出来ていたと考えるべきなのかな…。少なくともエリオとの関わりがなかったら、彼もそこまで柔軟には対応出来なかっただろうし。まあでも3巻だけ読むと唐突な印象は拭えないんだけどね。そのあたりはきちんと真くんの心理の流れを理解しておく必要があると思ったりもするのだった。

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コメント

あるところとネタかぶった…。書いてから気がついたよ…。あー、まあ今更だししゃあねえか…。

投稿: 吉兆 | 2009.11.21 11:04

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