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2009.09.20

『ラプンツェルの翼 III』読了

51ow4ehpmdl__sl500_aa240_ラプンツェルの翼 III』(土橋健二郎/電撃文庫)読了。

あからさまに次回に続く、か…!と思わないでもなかったが、逆に言えば4巻が出ることは確定していると言うことなので、わーい4巻が出るーと言うことが嬉しくないこともなかったりして。…まさか4巻出ないとかそういうことはないよなあ?明らかに途中でありがら続きが出ないツァラトゥストラの階段のこともあるのでちょっと不安が拭いきれないのだが…いや、ここは作者を信じよう。続きを出してくれるに違いない。実を言えばツァラトゥストラの階段の続きも未だ待っておりますのでよろしくお願いいたします。

さて、作品について。僕はこのシリーズは、ラノベ化された寄生獣、つまり”人間”と”そうでないもの”の間に理解と愛は存在しえるのかを書いている作品だと思っているのだが、その意味では3巻はやや大人しいと言わざるを得ない。”天使”とは完全に人間とは異なる知性の持ち主として描いてきたシリーズなのだが、3巻において、奈々以外の天使が数多く存在するにつれて、”天使”も長く生きるにつれて、それ相応の”人間らしさ”を取得しているということが明らかになって来た。冷徹に計算と合理に基づいているように見えた”天使”も、自らの欲望、すなわちエゴに支配されているということがわかるのだ。典型的なのが”お姉様”の存在なのだが、この人、人間を支配しようと言う欲望に明らかに突き動かされているよな。天使は人間を従える上位の存在だ、と言う思想が、その冷徹な仮面から漏れてきているのがわかる。東京に配属されているエリート天使たちも、結局の自らの生存、保身のみを追及するエゴの持ち主であり、人間に対するものはもとより、仲間たちの命さえ、自らの保身に利用している。

自身の生存を第一義に置くというのは生物としては決して間違っていないのだが、その生存のために同族の犠牲を強いる時点で、純粋に生物的な本能とは言いがたい。冷徹で合理的かもしれないけど、その行動原理はエゴそのものであり、極めて人間的と言うことが出来ると思う。ただし、その人間性と言うものも歪ではあると言えるのだが。

そこに、感情などによって同族どころか異種族である天使を助けるために自身の保身を捨て去る側面を持つ”人間”が登場する。我らが主人公の遼一くんである。もっとも今回はあまりに歪なエゴを発揮する天使たちに対して、人間として激しく友愛の意味を問うことに留まっており、お互いをコミュニケートするところまでは行っていない。これは、今までは遼一と奈々の個人的な間柄で積み上げてきた理解のやりとりを、さらに広げて人間と天使とのものに広げようという展開なのではないかと思う。人間だけでなく、天使である奈々さえ大切な存在であると認識している遼一が、自ら命の選択をしなければならない状況に陥ったとき、果たしてどのような選択をしていくのか。そのあたりに現時点のテーマの重要なところがありそうな気もするのだった。

あとは続きを早く出してくれることを祈るばかりである。

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