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2009.09.24

『空ろの箱と零のマリア(2)』読了

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空ろの箱と零のマリア(2)』(御影瑛路/電撃文庫)読了。

相変わらずやたらとわかりにくいのだけど、なぜか読みにくさを感じないのが本当に不思議だ。文章そのものは平易でわかりやすいんだよな。その平易な文章で理解し難い内容を書くのがこの作者の真骨頂なのだが、その”理解し難いことを書く”と言う過程そのものが非常にスリリングであるのが面白いところだ。

はっきり言って、この作品は非常に難解である。犯人の動機がまずもってすとんと腑に落ちないし、最後の解明編に入ってさえ、事実関係がややこしく、ややこしい事実関係を元に展開される動機はまたわかりにくくなる。そのわかりにくい動機で犯行を行う犯人に対して、これまた理解のしにくい理念で立ち向かう主人公。でも、そこに理屈がないわけじゃないんだよね。確かにそこには理屈は通ってはいるんだ。ただその理屈が普通に考えると納得できないだけで。理屈だけを見ると(その感情の流れを無視すると)、確かに理屈はあるんだよな。そのあたりが、当たり前のことをむやみにわかりにくくしているラノベミステリの多くとは異なるところであり、この作者のユニークなところであろう。主人公の特異性を”日常を愛すること”というだけで説明しているあたり、顕著だよな。一見、平凡だけど、そもそも日常ってなんなんだろう?と考えると話がややこしくなってくる。別に”いつもと同じ”と言うことが平凡と言うわけではないよな。いつもと違うことが起ころうとも、それさえも含めて”日常”だと考えると、存外日常というものも幅広くとることが出来そうだけど。まあ考えすぎてもしょうがないことなのでそれはさておき。

物語は、自分自身を乗っ取られてしまう一輝が、マリアとともにその箱の”所有者”に立ち向かうというところが基本的なラインとなっている。ただ、今回の一輝は、以前の「拒絶された教室」での実感を失っており、マリアとの関係に齟齬が生じている。その隙をつかれて危機に陥ってしまうわけだが、逆に言えばその隙さえ埋めることが出来れば今回の所有者など物の数ではない、とも言える。しかし、そこに落ち着くまでの、少しずつ自分が乗っ取られていく不気味な理不尽さなど、作者特有の”得体の知れない気持ち悪さ”は十分に発揮されており、素晴らしい。どこにも出口がないような閉塞された息苦しさをこうまで表現するというのは、この作者特有のものであろう。しかし、その一方で、そのどこにも行かない(行けない)息苦しさをマリアと言う強靭である(あるいはあろうとしている)少女の姿を描くことによって、風穴をあけようという意図も感じられる。それはライトノベル的には正しいのかもしれないが、果たして作者の描く作品に必要な存在であるのかについては今後の展開を待つ必要があるだろう。言うなれば、作者のこれまでの作品は、”マリアのような存在がない”世界をひたすら描いてきたと言えるわけで、そのことが作品にどのような影響を与えるのか(救いを描くのか、そうでないのか)はこのシリーズの重要な要素となると思うのだった。

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