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2009.08.07

『ぷりるん。~特殊相対性幸福論序説~』読了

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ぷりるん。~特殊相対性幸福論序説~』(十文字青/一迅社文庫)読了。

正直なところ、この作品は実に僕のプライベートな部分を直撃してしまって、あまり冷静には読めなかった。具体的に言うと、読んだあとは世界は醜いし人間はおぞましい、と言うような対人恐怖症と言うか脅迫観念めいたものが出てきて、ちっとも冷静な気持ちでいられなくなってしまった。僕のトラウマとでもいうべきものを突っつく、非常に危険な読書であったのだ。

その内容がどんなものかと言うと、一言で言えば反吐の出るような話である。わかりにくい?まあそりゃそうだ。正確には、自分にとって反吐が出るような世界が再現されていた、と言うべきか。人間は嘘をつくし、悪意を持っているし、善意は報われるとは限らないし、生きることはそれだけで苦行だ。要領よくそうした物事を受け流せない、一種不器用な人間ほど、世界は生きにくく、苦しみ深い。これはそうした不器用さを持った主人公が、クソッタレな世界と対峙して行く物語なのである。

しかし、世界と対峙していくのは生半可なことではない。やり過ごせない、不器用さを抱えていればなおさらだ。物事を適当に流していくことの出来ない主人公は、世界の不条理を真正面から、まともに受け止めてしまう。受け止めざるを得ないのだ。最初からなあなあでやり過ごせるのならば、そうしている。それが出来ないほどに、自身に、世界に対して潔癖だからこそ、悩み苦しむ。だから、主人公に対して、なぜそんなに思い悩むのか、と言う疑問は無意味である。そうであるから、としか言いようがないからだ。

この物語が痛ましいのは、決して現実から逃避することを許さない主人公の不器用さが、果てし無く彼自身を追い詰めていくことを必然とするからだろう。世界は、人々は際限なく彼を傷つけるし、彼は傷つけられていく。中盤に至るすべての物事は、主人公にとってすべてが悪意をもって接してくるようで、本当につらい話だ。こういうときは、世界すべてが敵意を持っているように思えてしまうものなのである。自分はただ向き合っているだけなのに、それが報われないというのはあまりにも苦しいものなのだ。

だが、物語は中盤を超え、終盤に向かうにつれて、それまで現れていた物とは別の側面を現し始めてくる。まるですべてが反転して、世界に善意が現れはじめたかのようだ。しかし、そうではないことを、僕は知っている。世界から感じる悪意とは、畢竟、あらゆる出来事の一側面に過ぎない。そこに悪意を見出すのも善意を見出すのも、観測者の視点次第なのである。だが、それに気がつくことを、一人だけでは出来ないこともまた僕は知っている。追い詰められた精神は、別の視点を持つことを許さない。自分は自分にしか許せない、という表現を時折聞くが、僕にいわせればそれはまったく逆だ。自分が自分であるからこそ許せない。自分だからこそ受け入れられない。ある種の人間にとっては、この世で最大の邪悪は、自分自身なのである。

だからこそ、主人公を救うためには、誰かの助けが必要だった。傷つけられながら、それでもなお自分にすべての悪意を引き受け続けた彼を、悪意は君に向いているわけではないのだ、引き受けなくてもいいんだ、と言うことを、言わば”許してくれる”相手が必要だった。その先導者となってくれたのが、”姉”である。おそらくは、本人自身が世界の悪意と対峙した経験あってのことであり(事実、登場人物の中ではもっとも年長である)、それゆえに主人公を救い得たのだ。

そこで”許し”を得た主人公は、少しづつ、物事の別の側面を知る”余裕”を得ることができるのだった。そこで初めて悪意に満ちていると思っていた世界の、もう一つの側面を知ることが出来るのだ。悪意だと思っていたことに対する善意を、薄っぺらな表層しかないと思っていたことの深い意味を、苦しみしか与えない存在の哀しみを、憧れに対する真実を知り始める。”許し”を得てなお、そこには苦しみは付きまとう。何故なら、形は変わったとしても、それは世界と対峙する行為そのものだからだ。主人公は、己の存在をかけて、世界と対峙することで、新しい世界を知ることが出来るのだった。

そして最後に主人公は知る。理解不能だと、恐怖さえ感じていた存在の、本当の思いを。自分が身勝手に規定していた存在の、本来の意思を。彼は知り始めるのだった。そして”知る”ことそのものが、彼に対する支えになり、世界と対峙する更なる力を彼に与える。

「ぷりるん」。身勝手で、滑稽で、理解不能な、そんな相手の心中を慮ることが、彼には出来るようになる。主人公の世界は、その瞬間に決定的に変わった。世界の認識が変わって行く過程において、「ぷりるん」こそがその象徴であった。「ぷりるん」はなにも変わらない。ただ、主人公が思いやることが出来るようになっただけなのだ。それは他者に対する想像力。世界は自分一人の物ではないと言うことを知ること。自分は孤独ではないというその認識こそが、世界と対峙し、世界を変える力となるのである。

繰り返すが「ぷりるん」はなにも変わらない。主人公の認識が変わっただけである。認識を変えること。それは世界を見定める目を新たに持つこと。それは本当に難しいことであり、その目を持つまでの葛藤を、僕は知っている。そして、その葛藤は一生続くのである。世界は決して今見ているものがすべてではない。すべてには別の見方が必ず存在する。その存在を知ることを、人は時に成長と呼ぶのだろう。

それこそが、本当の救いであろうと、僕は思い続けている。

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