« 『百舌谷さん逆上する』の3巻がすごすぎる | トップページ | 買ったもの »

2009.07.25

『アイゼンフリューゲル』読了

51h9bscaarl

アイゼンフリューゲル』(虚淵玄/ガガガ文庫)読了。

序盤を読み始めた時は、大空を舞台にして”どれだけ早い飛行機を作るか”という男たちのロマンに満ちた物語かと思い、最近のウロブチにしてはずいぶん爽やかな物語を作るもんだな、と驚きを感じた。空を飛ぶことへ無邪気な喜びを感じ続ける主人公カールを始めとして、龍という、人間にとっての大空の象徴である存在を含めて、夢とロマンに満ちた物語が展開されるようにしかみえなくて、これなんてプロジェクトX?と思った。もっとも、物語の途中から、おそらく戦争の硝煙の匂いが立ち込めてきて、ずいぶんきな臭さを感じてきて、やはりどんなにロマンを追い求めても、こういう要素は入ってくるのだな、と半ば当然のこととして受け入れていたのだが…中盤から後半にかけての展開で、なんだウロブチ、まったくいつも通りの話じゃん!と逆に驚かされてしまった。結局、ウロブチが書くと、物語は血と硝煙の匂い、そして暗黒に染められた灼熱の如き渇きを持つ男たちの奈落へ疾走する話になってしまうんですね…。もう全然いつもとかわんねえ。まったく…申し分ありませんね!やっぱりウロブチだったらこうでなきゃ!暗黒の魂の疾走。生きることに絶望した男たちが、空虚なる空洞を抱えながら見る世界とは。

カールが最後にいかにして血塗られた栄光の座につき、その座を打ち壊したのかと言う物語が後半の焦点。前半で、活き活きと空を駆けるカールの姿を見ているからこそ、その根源にある、生きることの絶望が痛々しい。本質的に、彼は戦争に、殺し合いに向いていない、それに適応出来ないタイプなんですよね。彼は戦争から、戦場から逃げ出したわけだけど、それはまったく非難すべきことではないと思う。人間とは、本質的に”人間を殺す”ことには拒否感を抱くものなのだ。とくに彼は精神的にはただの少年と変わらなかった。ただ、空を飛ぶことが好きな若者に過ぎなかった。戦争をする覚悟も、意思も無かった。ただそれだけの若者でしかなかった。だが天は、そんなただの若者に類い稀な空戦の才能を与えてしまった。いとも容易く人を殺せる力を。意思も覚悟もない若者に対して。

もし彼に罪があるとすれば、そんな才能を持ち合わせてしまったことだ。そんな才能が無ければ、初陣で殺される、ただの不運な若者に過ぎない人生で終わったことだろう。しかし、才能が彼を生かした。才能が敵を殺した。殺した。殺した。殺しつくした。味方も死んだ。彼についてこれない人間はすべて死んだ。殺しつくした彼を待っていたのは”英雄”としての歓呼の声。誰も、殺すことを恐れたカールのことなど考えもしない、大量殺戮者にすぎない彼を褒め称える声だ。

繰り返すが、カールはただの若者である。特異な才能を持ってしまったが、平凡な、空に憧れる若者に過ぎない。彼が生き残ったのは才能ゆえであり、彼が殺したのも才能ゆえだ。そこに彼の意思は介在しない。だがそれでも彼を人々は賞賛する。”多くの人間を殺した大量殺戮者である英雄”と。その言葉が、カールの内面をスタズタに切り裂かれて行くことも知らずに。思うに、カールはその才に対して、当たり前すぎたのである。

すべてを投げ出し、ただ空の憧れのみを胸に生きるカールを非難することは容易い。戦うことを拒否し、戦うことから逃げ出そうとする彼を非難することは容易い。だがその非難がどれだけ無意味なものかわかるだろうか。逃げるな、と言うことは換言すれば殺せ、と言うことだ。誰よりも多くの人間を”自分の手で”殺してしまった平凡な若者に対して、もう一度殺せと。

物語は、自分が大量殺戮者であること、空を飛ぶことが好きなだけだった自分を”否定”してしまったことに苦悩し、その苦悩から抜け出せないことに足掻くカールの姿が語られる。世界は容赦なく戦争への道を歩んでいく。多くの人の夢の結晶である”アイゼンフリューゲル”は、これから、多くの人の殺す兵器として存在していくことになるだろう。あるいは、戦争はカール自身にも影響を及ぼさないわけには行かないだろう。

その未来に希望の光は、まだ、見えない。

|

« 『百舌谷さん逆上する』の3巻がすごすぎる | トップページ | 買ったもの »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29313/45727372

この記事へのトラックバック一覧です: 『アイゼンフリューゲル』読了:

« 『百舌谷さん逆上する』の3巻がすごすぎる | トップページ | 買ったもの »