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2009.06.21

『恋の話を、しようか』読了

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恋の話を、しようか』(三上康明/ガガガ文庫)読了。

表紙、あらすじ、雰囲気のすべてがオレに読めー読めーと訴えかけてくるので、作者についてはほとんど知らない状態で読んでみた。おお、オレの勘もたまには当たるものだな。面白かった。

予備校の前日試験のトラブルによって偶然出会った4人の少年少女。その中の一人、絵山ミツルは、沈黙をやぶるために一人声を上げる。「恋の話を、しようか---」

物語のこの導入部分(から一連のプロローグ)がすごく好きで、何度か読み返した。本当に、ごくごく当たり前の、偶然の、しかもミツルの発作的なこの行為がなかったら、この4人の関係はまったく違ったものになったのだろうな、と思うと、その不可逆性とでも言うべきものにぐっと来る。ミツルの行為の理由がまた良くて、単に沈黙の中で当たり障りの無い会話をしてしまう気まずさが嫌だ、というだけなのがまたいい。すごく説得力があるというか、あるある、けどなかなか意識しては出来ないよね(ミツル自身、発作的な行為だと自覚している)、という感じがすごく良かった。なんでもない、本当に小さなきっかけから、まったく新しい関係が始まるという、人間の持つ運命的な”それ”を強く感じさせる。そして同時に、それは実際には運命なんてものではなくて、こうした小さい偶然の積み重ねを仮定的にそう呼ぶものなのだ、というところまで観えている感じがすごく良かった。このプロローグは、そうした世界の広がりが感じさせられるところが、すごく好きだ。

この物語は、そういう可能性の偶然がいくつか衝突して、新しい偶然が生まれていく、ということを描いているから魅力的なのだと思う。ミツルがくだらないことを言い出さなければ4人に接点は生まれなかっただろうし、かずみを励まさなければ、その後の若葉との仲直りも無かっただろうし、市川も他人を信じることもなかった。それらの原因、因果と呼ぶべき偶然が、お互いの中に複雑な人間関係を構築していく。絡み合った心情のやりとりは、必ずしも交差することなく、一方的に放り込まれるものに過ぎないのだが、そこに生まれてくる感情もまた、運命的な偶然と必然に支配され、ままならぬまま構築されていく展開は、素直に感心させられた。

惜しむらくは、描写にところどころ欠落と言うか、素朴すぎるところがあって、今一つ芸術性には瑕疵が見受けられるのだが、それはライトノベルの枠とでも言うべきものであり、致し方ないところではある。ただ、広がりにはかけるものの、作品としての奥行きには存外空間があるような印象を受けるところもあり、なかなかに興味深かった。これは作者が元々持っているものなのか、それとも新しい分野に挑戦したものかは作者の過去作品を読んでいないのでわからないが、作者の可能性を感じさせる作品だった。

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» 「恋のはなしを、しようか」 読み終わりました [わたしは趣味を生きる。[ラノベ・音楽中心]]
よく行くサイトの方が大絶賛していたので買ってしまった一冊です。 物語はある予備校 [続きを読む]

受信: 2009.06.29 20:06

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