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2009.06.09

『降魔の剣 日向景一郎シリーズⅡ』読了

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降魔の剣 日向景一郎シリーズⅡ』(北方謙三/新潮文庫)読了。

前作で人間性をほぼ削ぎ落とし、法にも秩序にも正義にも従わないダークヒーローとして完成した日向景一郎の物語。前作が未だ未熟も惑いも抱えた日向景一郎が、迷いを持たず本能のままに行動する”けだもの”になるまでの物語であったのに対し、ずいぶんと趣の異なる作品になっていると言えるだろう。それも当然。もはや景一郎には人間的な迷いや葛藤は存在しないので、そもそも彼を主軸としては物語が動かないんですよね。だから、景一郎の存在は、己の道理にのみ従うダークヒーローとして描かざる得ないわけです。その結果、基本的に彼の周囲にいる人々、”伯父”の小関鉄馬と”弟”の森之介、腹に一物も二物もある薬種屋の杉屋清六、腐れ同心である安田新兵衛など、景一郎の周囲の人間が巻き込まれる事件に対して、魔神の如き剣を振るう景一郎、という図式が出来上がるのですね。善と悪の判然ならざる人と人の関わり合い、欲望のせめぎ合いを、まさしく一刀両断する景一郎のスーパーヒーローぶりは痛快の一言。前作では剣鬼としての姿を見せていた鉄馬も、平和な江戸暮らしでずいぶん人間らしくなったようで、持ち込まれるトラブルの半分くらいはこの人関係。でも憎めないんですよね。景一郎がもはや焼物にしか興味を示さない超俗性を身に着けてしまったのに対し、この人はあくまでも人間。良くも悪くも情に流され、女に溺れる。そんなだらしなさがあるのだけど、北方謙三は、そういった駄目な男に対する視線は、存外にやわらかいものがある。決して肯定しているわけではないが、人間として惑う弱さを否定するわけではない。それもまた人間、とどこか突き放した、それでいて否定はするわけではない。人間は善をなしつつ、悪も為す。”そういうものだ”と言う認識が基底にある。そこが北方謙三と言う作家の特異性があるように思えて興味深かった。そうした認識に立っているがゆえに、そうした弱さに拘泥しない景一郎の格好良さが映えると思うのだった。

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