« 週末の過ごし方 | トップページ | 買ったもの »

2009.06.29

『絶影の剣 日向景一郎シリーズⅢ』読了

513pje4ydel

絶影の剣 日向景一郎シリーズⅢ』(北方謙三/新潮文庫)読了。

もう全然時代劇とか関係ない領域に突入しております。なんだこりゃ…。完全に北方ハードボイルドの世界に入っていて、さすがだなあ、と思った。藩の陰謀によりこの世から抹殺されようとしていた村に立ち寄ることになった医師、丸尾修理と日向景一郎、森之助兄弟。前半は、藩によってこの世から不要とみなされたある村における、絶望的な戦いを描く。景一郎はいつもの通り生死を超越した鬼神の如き剣を振るい、村に迫る絶望と戦い続ける。それでも無残に殺されていく村人たちと、決死の思いで治療を続ける丸尾修理。これらの鬼気迫る描写はすさまじい迫力と言ってよい。毒に苦しみ、斬殺されていく村人たちの姿は、まさに地獄絵図だ。医師として己の責務に向き合う修理は、その地獄を見つめ続けていく、と言うわけで、今回の重要人物はこの修理先生。一人でも多くの人を救おうとする医師としては当たり前の使命感を強く持っている人物で、人間的にも徳高い人物なのだが、国が守るべき民を殺すという地獄を見続けた結果、彼のたどる人生の顛末を描くのがこの作品の主題と言える。

後半は、全滅する村からなんとか逃走に成功した景一郎一行に放たれる追っ手との戦いと、江戸に到着してから、地獄を見すぎた修理が、ゆっくりと転落していく姿が描かれていく。景一郎は、決していたずらに手助けを、救いを与えはしない。ただ、彼の苦悩を見守るのみだ。なぜなら、それらの苦悩は本人だけのものであり、だれも肩代わりできないものだからだ。読者は景一郎と共に、彼の苦悩と破滅を見守っていくことになる。苦悩し続けた修理の出した結論と、行動。それは村人たちすべての無念を代弁するものとして、自らを捧げると言うものだった…。彼の決断と行動は、権力の都合によって翻弄された普通の人間の絶望と言えるものであり、その絶望が彼に行動を求めたといえる。

北方賢三は、日向景一郎を通じて、修理のたどった道を、肯定も否定もしない。ただ「彼のやりたいことをやらせてあげたいのです」と言う景一郎の言葉を通して、人間の浅ましさと気高さの双方を描いているようだ。数多くの登場人物たちが、自分の生きる道を探して模索し、苦悩する姿を通じて、ただ”我々はここに生きている、生きていたのだ”と言う叫びを、作者は描いている。そう生きざるを得なくなってしまった男たちの姿を描いた、時代劇と言う枠組みを超えた暗黒ハードボイルドの傑作とさえ思うのだった。

|

« 週末の過ごし方 | トップページ | 買ったもの »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29313/45443011

この記事へのトラックバック一覧です: 『絶影の剣 日向景一郎シリーズⅢ』読了:

« 週末の過ごし方 | トップページ | 買ったもの »