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2009.05.04

『ペンギン・サマー』読了

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ペンギン・サマー』(六塚光/一迅社文庫)読了。

そういえば『エンジン・サマー』を積んでいるんだよな…早く手をつけよう、などと言うことは関係ないのでさておく。

帯に○○SFと書かれていたので、一体どんなSFなんだろうと思ったら、ある意味で直球のリリカルSFの王道だった。ひと夏の、過ぎ去りし不思議な出来事を、作者特有の乾いたユーモアで綴った佳作と言える。一つの事件を、断片的な情報を提示されていくにつれて、全体像が見えてくるという手法は、伏線の張り方が重要なところだけど、この作品は概ね伏線は提示されており、きちんと回収されているところは好感が持てた。読んでいる最中は、つい読み飛ばしてしまいそうな描写が、実は全体に散らばるピースとなっていて、それらつなぎ合わせることで事件の全体像が見えてくるようになっている。この伏線の張り方は、なんの気なく読んでいてもいくつか引っかかる程度にはわかりやすいので、物語の途中である程度わかってしまう人も多いかもしれない。改めて読み直してみると、ものすごくわかりやすく、見え見えに描写しているので、わからない方がおかしい、とも言えるかもしれない。だが、それはこの作品を貶めるものではない。物語の最後に、すべての情報が提示され、唐突にエピローグにつながる。しかし、その唐突さは、おそらく、計算されたものだ。読者はすでに真相には気がついている。気がついているからこそ、最後に提示されるのは、この程度でいいのだ。クビナシ様の真相。あかりが体験した不思議な出来事。隆司が共に過ごした奇妙な同居人。それらがすべてつながったラストは奇妙な余韻を残すのだった。

その余韻を噛み締め、もう一度一章を読み返してみると、以前は感じられなかったあかりと隆司の心のうねりとでも言うものが、ぶわっと湧き上がってくる。ああ、このぬいぐるみは、あかりが掘り出した機械とは。すがすがしくも、どこか切ない、ひと夏の物語が終わったのだ、と言うことを、読者に教えてくれるのだった。

これは切なくもおかしい、不思議なジュブナイルSFとしてきちんと作られていると言うところを評価したい。読み終えた後に、不思議な切なさを残してくれる良い作品だった。

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