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2009.05.25

考えていたこと

・ここ数日、どうしても頭を離れない疑問があったので書いておく。

・男性は(フィクショナルな存在としての)BL(ボーイズラブ)にほとんど興味を示さない(むしろ忌避する)のに対し、女性は(同様にフィクショナルな存在としての)百合(ガールズラブ)にも関心を示す(どころか憧れすら抱いているように思える)のはなぜなのだろうか。

・無論、これは自分の観測点の問題でしかない可能性は高い。世の中には、BLを忌避しない男性もいるだろうし、百合に嫌悪感を示す女性もいるだろう。厳密な調査の結果ではなく、あくまでも印象の問題でしかないことは明記しておく。だが、総体として(むろんぼくの観測結果として)見ると、やはりBLを忌避する男性は多く、百合を愛好する女性は少なくないと思える。すくなくとも、なぜそう見えるのかと言う問題は残る。

・ここ数日、この問題についてあれこれいじくり回してみたのだが、なかなかこれと言った結論が出てこない。まあ、結局、土台が思いつきなので結論などない可能性もあるのだが、なんとなく、それぞれの同性同士における距離感の問題に収斂していくのだろうか、という気がしてきた。

・男性同士、女性同士だと肉体的な距離感の違いがある、ような気がする。男性は、お互い接触型のコミュニケーションを行うことは少ないんじゃないか。これは個人的な感覚になるけど、男にとつぜん手を握られたりしたらびっくりするし、肩を叩かれたりするとあんまりいい気持ちがしなかったりする…のだが、これは男→女、女→男でも同じか?だけど、友達と歩くときも、男同士だとそんなにお互いの距離は近くない感じがある。30cm以内だと、近っ!とか思うくらい。一例を挙げると、『涼宮ハルヒの憂鬱』の登場人物の古泉なんかは、やたらと主人公のキョンとの距離感が近くて(顔を近づけたり、肩を並べて歩いたりする)、その度にキョンに「(距離が)近い」と言われたりしているのを見ると、そんなに外れた感覚でもないのかな、と思う。

・んで、女性同士だと、そこまで接触型のコミュニケーションを忌避してる感じがしない。まあ、僕は女性になったことがないので実際のところはわからないんだけど、『マリア様がみてる』シリーズで有名な「タイが曲がっていてよ」のシーンとか、わりと接触を頻繁にしている感じがある(男が男のネクタイをしめたりすると、これは近っ!って感じがするもんなー)。コバルト文庫の本来の読者層が十代の女性であることを考えると、これもそんなに間違っていないんじゃないかな(まあ、そもそもマリみてという作品があること自体が百合関係における女性の寛容さの表れであるわけだが)。

・両方とも例がフィクションであるという点はアレだが、まあどちらも多くの人間に受け入れられた作品なわけなのでそんなに世間を反映していないこともあるまい、と思う。

・この距離感が、そのままBL、百合に対する姿勢に関係してくるのではないか、と思った。おそらく、自分に属する性の場合、接触型コミュニケーションに対するスタンスが邪魔をして、ファンタジーに入り込めないのではないか。結局、性的なファンタジーなんて接触コミュの最たるものであるわけだし。

・まあ、結局、なんでそういう距離感が生まれるのかわからんのだが、この辺はもう生理学の領域なのかなー。その手の本を読んでみればこの疑問も解決するのかしら。

・あー。あと、自分はBLにはわりと寛容。自分でも勉強のためにBLゲームやコミック、小説を多少かじったことがあるけど、別に嫌悪感はわかなかった。リアルだとわりと接触恐怖みたいなものがあるのに、フィクションだとそれがないのは自分でも不思議(逆説的に、リアルで接触恐怖気味だから、ファンタジーで接触を求めている可能性はあるか。まあぼくの話は置いといて)。ただ、「こいつら(登場人物の)コミュニケーションは物理的距離が近いなー」とは思ったな。そのとき感じた距離感の測り方の違和が、この疑問につながってんのかもしれない。だって、BLって基本的に性別反転させても問題ないよね?関係性だけ見ると、女性同士のほうがしっくりくる感じ。女性が作る百合ファンタジーにはぜんぜん違和感を感じないところを考えるとやっぱりリアルにおける距離感が反映しているっぽいなー。男性が作る百合ファンタジーだと、なんかカップルの関係性が男女のそれとあんまり違いを感じないところがあるし。分類すると、男性が想像する関係性は、基本が男→女、女性が想像する関係性は、基本が女→男、女→女になるってことかな。でもそれがフィクションにどう関係してしてくるのかは…うう、よくわからん。

・ちなみに百合はファンタジーとして普通に好きです。

・あとなー。リアルとファンタジーの関係になると、話がさらにややこしくなる感じがするよなー。たぶん、リアルでBLは自分が対象になるのは駄目。でも、誰かがそういう関係になってんのは普通に許容できそうな気もする…が、なにぶん知り合いにいないからわからんなあ。百合はリアルにおいてもファンタジーにおいても自分は観測者以上のものではないんで問題ないかなー。そうすると、結局、主体をどこにおくかの問題なのかも。

・うーん、本格的にわからなくなってきた。とりあえず結論は保留。

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コメント

距離感の問題もその通りだと思うのですが、男が距離感に対して過度のこだわりを持つのは、狩る側の人間だからだと思います。それはもちろん、獲物もそうですが、女性についても言えることかと。攻略好き、収集好き、フラグ等々の言葉があるのは男だけです。つまり男は距離感を徐々に詰めていき所有するのが好きだという生き物という事でしょうか。また、同様に本能として視覚に頼った狩りを行う習性があり、女性の性的発達度(妊娠可能性)を見るのにも、腰まわりの発達や胸を見る習性があります。特にそれによって、視覚的に好ましくない対象、つまり成熟した同性に対して(性的な意味として)嫌悪感を抱くように出来ているのではないでしょうか(逆にそう出来ていないと、男という生き物はヤれれば何でもいいので、男にも頻繁に欲情し子孫存続の意味で危機が訪れます。同様に、成熟していない男性はお稚児さん等でOKな風習も存在します)。
つまり男という生き物は、ヤれれば相手が誰であろうと本来構わない(できれば腰が豊かな方がいいが)生き物で、それを防いでいるのが相手に対する嫌悪感だけという事になります。男の体つきに拒否感を抱くのもその為で、さらに娘や姉妹は兄弟又は親に対して嫌悪感を抱くように、近親者には匂いをきつく感じる様出来ているそうです。
つらつらと書いてしまいましたのでとりとめがありませんが、一応という事で。うろ覚えと主観が入っているので、裏を取った方が良いとは思いますが(笑)
ちなみに女性にも傾向があり、彼女たちが重視するのは「愛と記憶」だそうです。記念日を忘れるとひどい目にあうのは、この辺りに理由があるのかもしれませんね(笑)

投稿: sh9 | 2009.05.26 16:57

ええと、つまり同性愛を拒否するのは、子孫繁栄と言う観点からすると不毛であるので、自動的に嫌悪感を感じるのだ、と言う理解であってますか?それは男性でも女性でも同様に強くあるでしょうね。おそらく、同性愛に対する偏見も、そういった本能的な嫌悪感が土台になっていることもあるのかもしれませんね。

ただ、本筋からは逸れますが、狩る側の性としての男性と言う定義は、現代ではどんなものでしょうねー。草食系男子なる言葉が生まれている事を考えると、一概にはそうは言えないような気がします。

>攻略好き、収集好き、フラグ等々の言葉があるのは男だけです

と言うのも、男性だけと言う感じはしませんし…。女性にもこういうワードは共通言語化しているような印象があるんですけど、これは僕の観測が偏っているだけですかね。

投稿: 吉兆 | 2009.05.26 23:39

私は男ですけどBL嫌いじゃありませんね。
『グラビテーション』とか、ウイングス系の作品とか、面白ければウェルカムです。
ちなみに、『男性は(フィクショナルな存在としての)BL(ボーイズラブ)にほとんど興味を示さない(むしろ忌避する)のに対し、女性は(同様にフィクショナルな存在としての)百合(ガールズラブ)にも関心を示す(どころか憧れすら抱いているように思える)』のはいわゆる『社会的常識』が影響しているように私は思います。(それだけではないような気もしますが、肉体に依存する本能も一因である可能性は否定しません)
『社会的常識』とは時代時代で作られるものです。美意識も同様ですね。この『常識』が、男ならこれはちょっと…、という空気を作り出しているのではないでしょうか。
少し話は変わりますが、学校の進路の話をしましょう。大学の先生がある高校で学校の進路に関する質問を高校教師したそうです。その内容は「もし生徒(男/女)が音大に行きたいといったらどうする?」という内容でした。
教師の答えは男女の場合で違いました。女生徒が相手なら、「夢を追いかけるのはいいことだ」。男子生徒が相手なら、「本当にそこで大丈夫か?」。というものでした。
これを先生は次のように読み解いていました。つまり「男は働いて家族を養わなければならない」。「大丈夫か?」とは、「それで将来家族を養っていくのに十分な収入を得られるのか?」という意味だというのです。対照的に女性との場合は「最終的に女性は家庭に入るから、とにかく一人で食えるだけ稼げれば十分」だから対応が異なるのだそうです。
もちろんこの考えは変化してきています。しかし上のように対応する先生はまだ多いように思います。いまだそういう『常識』が根付いているのでしょう。
よしんばある程度その『常識』が社会の中で払拭されてたとしても、学校でその『常識』が生きているなら生徒はその『常識』が世の中の常識と思うことでしょう。
話を戻します。上記と同様なことが起こっている可能性もあるのではないかと思います。曰く「男は将来女性に自分の子どもを産んでもらわなければならない」から男に走ってもらっては困る。etc.etcという『常識』が男にBLを拒否させる。
もちろんそれなら女性も同じじゃないかという意見もあることでしょう。確かにそうです。可能性の一つとしては『女性は若い時は倒錯的なものに憧れるものだ。そのうち目を覚ます』とか、『まず男を優先』、『男は道を間違えると簡単に戻ってこない。だから間違えないように注意しないといけない』などの『常識』があるため女性は(先ほどの学校の例のように)ある種放っておかれている可能性。
もちろんこれが的外な場合もありますが、一つの予測として提示しました。

…ちなみにその常識はどのように生まれたかというと…、わからないな~。
発端は、狩猟民族の形式とかかな?

あともう一つ。世の中では、「…な人が多い/確率が高い」は「…でなければならない」とシフトする場合があります。これが『常識』を生んだり、差別を作ったりすることもあります。「権利や傾向」が「義務」になったりするということですね。

なんかジェンダー論や差別論みたいになっている気がしますね…

長々すみませんでした。

投稿: | 2009.05.27 20:58

忘れてました。↑は「てれびん」が書きました。(名前を書き忘れてたので念のため)

投稿: てれびん | 2009.05.27 21:00

吉兆さま、いつも楽しく読ませて頂いております。コメントありがとうございます。以下蛇足かもしれませんが補足程度に。

てれぴんさんの文にもありましたが、そうですね、常識というか、後付けによる知識もしくは法が関係しているのも確かではあるとは思います。マザーファッカーという単語が良く表しているというか(笑) これがごく普通の悪口として文化に根付いているのだから、ある種凄いことだなとは思います。
ちなみに長文を書いたのですが、何故か消えてしまったようなので要点だけ。
BLに同性忌避があって、百合には無いのは、忌避スイッチがアクションを起こす側の性にあれば良いからかと(もちろん女性側にも無いわけでは無いでしょうが)。また、女性は「愛と記憶」を重用視、つまり妊娠子育て中に餌を運んでくれる存在を重用視するので、恋愛にはその現実感を重用視します。百合が憧れや恋に終わり、肉欲を内包しづらいふわふわしたものとして描かれがちなのはその為かと。
草食性男子やら乙女男子やらは、男が女を欲しがらなくなったのではなく、性的に発散するものが増えただけかと。男女同権の時代となり、男性的・女性的なものが、その場その場で選択的に使われるようになった事も関係あるかもしれません。結婚が必要無い為、どういう同じ仕事をするのであれば、男女の性格的な区別はそこまで必要なわけではないので。ただ、その事自体は人間という種の保存にとって、マイナスに働く可能性がありますが。出生率の減少とか。むしろそれこそが進化なのかもしれませんが。

投稿: sh9 | 2009.05.27 21:55

ま、あくまでもそのように見える、という主観を前提にしているので、確定したことは言えません。さらに、リアルとファンタジーでは受け取り方にも差異が存在すると思うので、その辺りはほどほどにするとして。

>てれびんさん

要するに、現代の常識と呼ばれるものが、その常識に見合った行動を男性、女性に要求されると言うことですね?時代性に応じた常識が基盤となるのであれば、場所、時間が異なれば、同性愛等に対する禁忌感というものも当然変わってくるでしょうね。その常識がどこから来るのかということは、それこそ社会と文化と歴史が交差するところから来るとしか言いようがありませんが、正直、そこまでは手に負えそうもありません。素直に文化学の本でも読んでみることにします。

まあ、正直、ぼくはそこまで大きな話をするつもりはなくて、あくまでもファンタジーとしてのBL、百合に対するオタク側のスタンスを中心に考えてみたいと思います。なぜ百合はオタク男子女子を問わずに受け入れられるのか、また受け入れている百合とは男女間で同一のものなのか。BLはオタク男子と女子の間で差があるのか…。まあこれも、現代の『常識』というものから避けて通れないものなのかもしれません。

>sh9さん

>BLに同性忌避があって、百合には無いのは、忌避スイッチがアクションを起こす側の性にあれば良いからかと(もちろん女性側にも無いわけでは無いでしょうが)。

んん…?すいません。ちょっとよくわかりません。アクションを起こす側と言うのは、いわゆる受け攻めの概念における攻めの概念と言うことでしょうか。その場合、BL側(男×男)の関係で、アクションを起こすのは確かに男性ですが、百合(女×女)の場合もアクションを起こすのは女性だと思うのですが…。

あと、百合が肉欲を内包のはどうなんでしょう?百合の定義問題になってしまいそうですね。と言うのは、百合姫とか読んでいると、これがガチで肉体関係ありだったりするんですよ。もちろん女性作家で。これ、読み手をどこを想定しているのかなーと思ったものですが、これって女性は忌避を感じないのかなーと思ったものです。まあ、どこまでも百合と呼ぶかの問題になりそうですね。

男性性の変化は、もちろんそれを許容している社会、文化を考えないわけにはいかないですよね。まあこれはコミュニケーションの問題も関わってきそうなので(対人コミュが必要とされなくなってきたと言うところとか)、さまざまな複合的な要素が関わった問題だと思います。まあ子孫繁栄的には良くないんでしょうが、事実、人類の人口は増加し続けているわけで、むしろ安全装置として機能しているのかもしれない、と思ったりもしましたが、まあ戯言以外なにものでもありませんね。

投稿: 吉兆 | 2009.05.28 00:34

コメントありがとうございます。
あまり書きすぎても何なので、短めに。
アクションについてはBL等における受け攻めという意味よりは、アプローチをかける側という意味ですが、こちらも女性からアクションを起こす場合も多々ある訳で、必ずしも一方にしか無いということでは無いですが。
あと、文化の進化により出生率が低下するというのが安全装置、との事はまさにその通りだと思います。さらに数百年したら、その安全装置のおかげで人類社会もかなり変わっているかもしれませんね。それを見ることは叶いませんが(笑)

投稿: sh9 | 2009.05.28 14:33

 百合とBLの受け入れられる差はまずそれらからの読み手の男・女の距離間があるでしょう

百合もBLも少女漫画とほぼ同類です。そして男で少女漫画好きはあまり多くはありません。BLはさらに男同士なわけで少女漫画読みの男でもさらに数が限られることになります。それに対し女にとって百合は女×女という壁を越えればいいだけです。そして女は恋愛が好きですから同性愛も恋愛なわけです。
もし男の読むものにBLしか載らなくなり、女の読む物に百合しか載らなくなったとしたら、男のBL好きも女の百合好きも大勢になるでしょう。BLにも可愛い女みたいな男キャラはいるわけですし、百合は言わずもがな(宝塚系もいますしね)
そして「所詮は二次元」ですから姿形女でも性別は男みたいなぶっ飛んだ設定でも可能です

 ちなみに男は女は好きですがガチ恋愛はあまり興味もたないようです。もし持ってたら少女漫画も男読者いっぱいでしょうが。デートや物思い、友達との距離のとり方…そんなネタより大半の男は性欲とバトルで十分お腹一杯です。恋愛は食事ならご飯ぐらいのレベル。
 男は闘争が何よりも燃えます。スイーツな恋愛について延々悩むことは少ない。もしそれで悩むなら性欲に直結しちゃってそこで「変態だなw」で話は終わり。

 一方友情においても男同士だと「夢目標などを媒介に繋がる」のに対し、女同士は「誰かと共感などでつながる」のが大事なわけです。男性より女性の方が他人へのベクトルが強力に向いています。だからグループ作ったり噂話したり関係性に萌えたりするわけです。
女性に女キャラのアンチが多いのも逆に言えばお気に入りの女キャラなら熱狂的に支持する可能性ありということです。(それが百合にまでいっちゃうことも)

 上で男は「BL物しか見れなくなったら~」という仮定の話をしましたが、現在の男社会全体にとってメリットがあまりない。(女性の心を知れるなどいくつかありますが)それに対して百合は下の五つの点のように実は女社会全体にメリットがある場合がありえます。

・まずどちらかが「男役」になれる。ということになると「現実の男と対等」になれる可能性がある。(男尊女卑社会ならこれは顕著でしょうが)
・一部の女性の悲願?だった「性的能動者」になり得る。
・友情と恋愛どちらもセットで楽しめる
・基本的に平等恋愛(性格などで攻めと受けが決まる)
・政治的パワーに繋がる

 今まで「女の友情は男によって壊れる」というパターンがありました。女性は男性と違って上で述べたように恋愛に全てをかけてしまう傾向があったので、(そして友情も同じ感じ)友情か恋愛かという二者選択になりがちだった。つまり男女共同世界ではパターンとして「男女男男女男」という組み合わせになっていた。女は同性をライバル視し、男に愛情を求める。だが男は女に愛情を注ぐ一方同性とも信頼関係を強めそれが女を凌ぐ政治的パワーの源泉になっていた。所謂「男の友情」です。
百合というのは男性を排除することで「女の友情」という政治的パワーを作り出しているという機能も持っているわけです。

 上の五つの点から考えると合理的に女性が百合を好んでもおかしくはないのかもしれません。

>百合姫とか読んでいると、これがガチで肉体関係ありだったりするんですよ。もちろん女性作家で。

 女性にはバイセクシャル層も多いので、百合姫はその辺もカバーしてると思います。それに男性は視覚で萌えるが、女性は「愛してる」ことが萌えの重要性です。水素×酸素でも「愛し合っていれば萌える」方もいらっしゃるわけです。実際どこかの研究でヘテロ女性はビアンとの性交のほうが男性とより満足度が高かったようです。男性はただウオオ、アッー!と衝動だけで性交しがちがビアンは声を交わしたり愛情一杯?や雰囲気重視するので女性はそっちのほうを選びやすいということらしいです。
 だから百合姫でも女性は男性みたいにやたらめったら女の性器に萌えてるわけではない。その例に女性が描く百合姫のキャラは概して中性的なキャラが多いです。そしてこれは少女漫画BL漫画全てに言える傾向です。ちなみに少女漫画やBLでも巨根ボーイなんて出て来ないと思います。(少年漫画では巨乳ガールはいっぱい出てきますが。)

すいません長々と…

投稿: ma | 2009.05.28 18:57

>sh9さん

>アクションについてはBL等における受け攻めという意味よりは、アプローチをかける側という意味ですが、こちらも女性からアクションを起こす場合も多々ある訳で、必ずしも一方にしか無いということでは無いですが。

なるほど、理解できました。もっとも、sh9さんのおっしゃるとおり、現時点では、女性もまた性的な主体になりえようとしているように感じます。小説を例に挙げるとしても、女性側から告白するケースや、女性が押し倒したりするケースなどもあるように思いますし。忌避スイッチの有無についても、男性にも女性にもありそうです。簡単には断言できない感じがしますね。

>あと、文化の進化により出生率が低下するというのが安全装置、との事はまさにその通りだと思います。さらに数百年したら、その安全装置のおかげで人類社会もかなり変わっているかもしれませんね。それを見ることは叶いませんが(笑)

まあ、現代的視点からすると、そうなった社会に生きたいとはあんまり思えませんねー。


>maさん

>百合もBLも少女漫画とほぼ同類です。

その点には同意します。少なくとも女性が描いている限りは、同じ文脈で描いていると言うことは言えるような気がします。ただし、一方で百合を好む男性は決して少なくないように見えるのは何故なのでしょうか。少女マンガを好む男性が少ないと言うのならば、百合を嫌う男性も多いのが普通ではないでしょうか。これは自分だけの印象かもしれませんが、ちょっと疑問ですね。

>もし男の読むものにBLしか載らなくなり、女の読む物に百合しか載らなくなったとしたら、男のBL好きも女の百合好きも大勢になるでしょう。

うーん…この思考実験は正直あまりよくわからないです。それぞれのジャンルに対するが距離感が問題だと言うことはわかりますが、根本的に男が読むものがBLのみになるなんてことはありえないと思います。よしんばなったとしても、そういったものが単純に読まれなくなるだけで、男性のBL忌避は変わらないんじゃないかなあ。ショタで萌えるのは高度なオタクにしか出来ないですよー。

>ちなみに男は女は好きですがガチ恋愛はあまり興味もたないようです。もし持ってたら少女漫画も男読者いっぱいでしょうが。デートや物思い、友達との距離のとり方…そんなネタより大半の男は性欲とバトルで十分お腹一杯です。恋愛は食事ならご飯ぐらいのレベル。

これは一概には言えない気がしますね。まあ元々統計なんて取っていない、いいかげんな印象論を語ったのは自分ですけど、恋愛に興味を持たないことが少女マンガを読まないこととはイコールにならないと思いますよ。あくまでも主観的意見ですけど、自分は少女マンガを普通に読む男ですが、別に恋愛描写そのものは目的とはしていません。人間の関係性の変化を楽しんだりもするし、深い人間考察を楽しんだりもしています。むろんこれが客観的意見とは言えませんが。

>一方友情においても男同士だと「夢目標などを媒介に繋がる」のに対し、女同士は「誰かと共感などでつながる」のが大事なわけです。男性より女性の方が他人へのベクトルが強力に向いています。だからグループ作ったり噂話したり関係性に萌えたりするわけです。

これも断言はできないんじゃないですかねー。少なくとも男女で友情のあり方が完璧に二分できるわけが無いと思いますよ。共感がない友情なんてありえないと思うんですが…世間ではそうでもないのかな?夢や目標を共有する、というのも共感ですよね?んん、ちょっと定義がずれてきている気がする…。


>・まずどちらかが「男役」になれる。ということになると「現実の男と対等」になれる可能性がある。(男尊女卑社会ならこれは顕著でしょうが)
>・一部の女性の悲願?だった「性的能動者」になり得る。
>・友情と恋愛どちらもセットで楽しめる
>・基本的に平等恋愛(性格などで攻めと受けが決まる)
>・政治的パワーに繋がる

これらは、女性が百合を好む要素としては興味深いですね。とくに5番目の政治的パワーと言うのは、いわゆる男性を排した強い結びつき、女の友情とおっしゃっていますが、これっていわゆるBLと同じ概念ですよね。女性を排することにより無理矢理生まれる男性同士の強い(行き過ぎた)友情。これはまさにBLと百合が同根の存在である事を示していると思います。

>女性にはバイセクシャル層も多いので、百合姫はその辺もカバーしてると思います。

いや…それはさすがに偏見じゃないでしょうか…。女性がバイセクシャル層が多いというのは、一体どういう理屈なんでしょう。いや、まあ、自分自身、女性に百合は忌避されてはいないようだ、なんてことを書いておいてなんですが、ちょっと乱暴すぎるのでは…。

>それに男性は視覚で萌えるが、女性は「愛してる」ことが萌えの重要性です。水素×酸素でも「愛し合っていれば萌える」方もいらっしゃるわけです。実際どこかの研究でヘテロ女性はビアンとの性交のほうが男性とより満足度が高かったようです。男性はただウオオ、アッー!と衝動だけで性交しがちがビアンは声を交わしたり愛情一杯?や雰囲気重視するので女性はそっちのほうを選びやすいということらしいです。だから百合姫でも女性は男性みたいにやたらめったら女の性器に萌えてるわけではない。

男性と女性の萌えどころが違うと言うのはそのとおりでしょうね。BLや百合を読んでいると、必ずしも肉体的結びつきが重要視されているわけではないというのはわかります。ガチ百合もので性交を描いていても、男性の成年コミックと比べると、局部の描写は少ないと感じます。

>その例に女性が描く百合姫のキャラは概して中性的なキャラが多いです。そしてこれは少女漫画BL漫画全てに言える傾向です。ちなみに少女漫画やBLでも巨根ボーイなんて出て来ないと思います。(少年漫画では巨乳ガールはいっぱい出てきますが。)

なので、」そこのところはきちんとした知識がないのでなんとも言えませんが、女性は少なくとも肉体的(と言うか視覚的)欲望を重視しているわけではないと言うのは同意します。

投稿: 吉兆 | 2009.05.28 23:42

>少女マンガを好む男性が少ないと言うのならば、百合を嫌う男性も多いのが普通ではないでしょうか。

それは「女」同士だか(ry
まあ萌え物自体高橋留美子氏が持ち込んだラブコメを男オタが都合よく取り込んだ物らしいです。百合はその2000年代バージョンです。今女向きでは801が流行っている。でも男同士は無理だからその同類を改変しながら取り込んでるわけです。でも百合オタも少女漫画読みの男オタよりは勢力が大きいかもしれませんが、全体の男オタの中では少数だと思います。そもそも萌え物自体男向き(硬派もいれて)で支配的とはいい切れない。一般の男読者に人気な作品はドラゴンボールとかの類で萌え作品自体ほとんど含まれない。

今の萌えオタの大きな趨勢は百合ガチ恋愛よりも女達が幸せそうにイチャイチャしているのに「萌える」でしょう。か、女にセクハラするギャグ化された変態女キャラとか。けど深刻なガチ恋愛は大多数に今のところあまり熱中されていない。そういえばマリみてもガチレズシーンはほとんどなく、女達がイチャイチャしてるような物でした。結局女同士の友情以上恋愛「未満」が受けています。恋愛にしてしまうとセクシャルな問題に足を踏み入れてしまう可能性があり、それは既存の性秩序(それは男に有利に働いてきた)への挑戦側になってしまう恐れがあるためなのかもしれません。マリミテも今の百合作品群も大部分は女子校という「特殊な空間」で男女共同の公共の場ではない。

>少なくとも男女で友情のあり方が完璧に二分できるわけが無いと思いますよ。共感がない友情なんてありえないと思うんですが…

表象上に描かれる傾向差としてということです。ただ分かりやすく見ると
男は「目標・夢」→「友達仲間」→「共にがんばる」
女は「友達仲間恋人」→「夢・目標」→「共にがんばる」
という順序差があるみたいに見えます。それを徹底的に単純化すると男=「目標」、女=「人間関係」ということになります。ゴルゴ13はその極地で「目標」だけがメインです。(ゴルゴに友人は描かれないと思います)例えば少年漫画で、「自分はなぜこの目標を目指すのか?」で悩みやすいですが、少女漫画系なら「私とあの子の関係」で悩みやすいらしいです。(それが恋人であれ友人であれ)

女性にバイが多いというのは言い過ぎだったかもしれませんが、一応こういう性の傾向差があるようです。ちょっとアレなので無視してくれても結構です。

 性欲の強い女性は男女両方に魅力を感じる Anno Job Log
http://d.hatena.ne.jp/annojo/20060701/p1

「女性は男同士女同士男女いずれのエロビデオにも興奮する」
http://d.hatena.ne.jp/annojo/20060712/p1

性対象となる性別(2chコッソリアンケート回答数5000人)
http://find.2ch.net/enq/result.php/21231/l50

投稿: | 2009.05.30 17:14

>まあ萌え物自体高橋留美子氏が持ち込んだラブコメを男オタが都合よく取り込んだ物らしいです。

と、言うことは高橋留美子以前は萌えはないと言うことですか?この辺の根拠はどこにあるんでしょう?などと萌え起源論など始めては収拾が付かなくなるのでほどほどにしたいところ。

>百合はその2000年代バージョンです。今女向きでは801が流行っている。でも男同士は無理だからその同類を改変しながら取り込んでるわけです。

えと、つまりやおいを男性向けに取り込んだのが百合だと言うことですか?ううむ…百合の起源がヤオイと言うのは上手く自分の中でつながりませんねえ。どうもやおいを読んだ男性側が、じゃあ女同士も萌えるよな、という思考していくと言うのはどうも納得行かないというか…。あ、そうか!そもそもBL(やおい)も百合も女性の物だったと言うことかな?女性が男性同士、女性同士にも性的欲求を求められるのならば、そもそもそれを消費し始めるのは女性からと言うことになる。で、女性が生み出した百合を、男性側も消費し始めるようになったと。おおーなんかすげー納得した。

>でも百合オタも少女漫画読みの男オタよりは勢力が大きいかもしれませんが、全体の男オタの中では少数だと思います。そもそも萌え物自体男向き(硬派もいれて)で支配的とはいい切れない。一般の男読者に人気な作品はドラゴンボールとかの類で萌え作品自体ほとんど含まれない。

純粋に販売数のみで言えば萌えは少ないかもしれませんねー。やっぱり少年ジャンプ系は強い。ただ、これはそれほどマンガを読まない層も含まれていると思うので、オタクの範囲をどこまで取るかにも寄ってきそうな気もします。漫画やアニメをいくつか消費しているだけの層も、ライトオタクとして認めるかどうか。まあ個人的には作品にはどんな風に読んでもかまわないと思うのでオタクの定義には興味ないんですけどね(じゃあ書くなよ)。あと、「魔法先生ネギま!」は萌え漫画か?という問題もあって難しいですね(近年の娯楽作品において萌えは普遍化しており、あらゆるジャンルに”萌え要素”は混在している)。そもそも萌え作品ってなんなんだろう…。

>今の萌えオタの大きな趨勢は百合ガチ恋愛よりも女達が幸せそうにイチャイチャしているのに「萌える」でしょう。か、女にセクハラするギャグ化された変態女キャラとか。けど深刻なガチ恋愛は大多数に今のところあまり熱中されていない。そういえばマリみてもガチレズシーンはほとんどなく、女達がイチャイチャしてるような物でした。結局女同士の友情以上恋愛「未満」が受けています。恋愛にしてしまうとセクシャルな問題に足を踏み入れてしまう可能性があり、それは既存の性秩序(それは男に有利に働いてきた)への挑戦側になってしまう恐れがあるためなのかもしれません。マリミテも今の百合作品群も大部分は女子校という「特殊な空間」で男女共同の公共の場ではない。

まあ「マリみて」はジャンル的にはソフト百合らしいですから。コバルト文庫という特性上、ガチ百合シーンは描かれないでしょう。まあ「マリみて」を読む男性が、女の子の園における交流そのものを愛でているということはそのとおりだとおもいますし、女性側も、同性への憧れとも友情ともつかない感情を描かれるのは好むところなのでしょう。ところで今気がついたんですけど、個人的にガチレズ作品と、マリみては同じラインで語っていいんでしょうかね。「マリみて」は基本的に女子校ものであり、女子同士の恋愛というわけではないのかもしれません(しまった…例に挙げるものを間違えた…)。

>表象上に描かれる傾向差としてということです。ただ分かりやすく見ると
>男は「目標・夢」→「友達仲間」→「共にがんばる」
>女は「友達仲間恋人」→「夢・目標」→「共にがんばる」
>という順序差があるみたいに見えます。それを徹底的に単純化すると男=「目標」、女=「人間関係」ということになります。ゴルゴ13はその極地で「目標」だけがメインです。(ゴルゴに友人は描かれないと思います)例えば少年漫画で、「自分はなぜこの目標を目指すのか?」で悩みやすいですが、少女漫画系なら「私とあの子の関係」で悩みやすいらしいです。(それが恋人であれ友人であれ)

うーん、すいません。どうも上手く理解できてないみたいです。男性同士の友人関係だと、目標が優先されるというのはどういうことなんでしょうか…。えーと、例えば、高校野球部が舞台の物語があったとする。彼らには甲子園出場と言う目的がある。その目的のために一致団結して行動するとき、それは友情ではない?例えば、彼らのうちだれかが、甲子園を目指すよりも、他の目的を取った場合、例えば肩を痛めて、甲子園出場を目指せば肩が壊れる
、出なければ治癒するといわれた場合、甲子園出場を諦めた場合、彼はすでに他のチームメイトとは友情はなくなっているということになるわけですか?うーん、なんか原則論に縛られているのかなオレ…。

>女性にバイが多いというのは言い過ぎだったかもしれませんが、一応こういう性の傾向差があるようです。ちょっとアレなので無視してくれても結構です。

リンク先は面白いですね。男性と女性の性的嗜好が異なるのは漠然とは感じていましたが、こういうこともしているんですね。リンク先だけだとどれくらいの対象者数を見ているのかよくわからないので、どこまで信用していいのか迷うところですが、面白いアプローチですね。

投稿: 吉兆 | 2009.05.31 23:46

>百合の起源がヤオイと言うのは上手く自分の中でつながりませんねえ。

マリミテ系の百合の起源は戦前の少女向き友情小説が起源です。当時異性との自由恋愛は禁じられていたので結婚まで女性は女子校で同性との友情を重視しました。これがエスというかなり濃い友情文化となります。(親が決める結婚に反発して同性心中する事件まで多発しています)
 マリみてはこの文化を題材にしているらしいです。(ちなみにそれがレズかヘテロかは教師でもなかなか見分けつかなかったそうです)エス文化は当時は男からはほとんど見向きもされませんでした。彼らからは女の文化などは「感情的」で「劣等」だからです。(特に戦争時代は愛国主義とそれに尽くす論理性を究極に重視する軍国主義がこのようなセンティメンタルな文化を抑圧します)ですが川端康成などは深く関与されています。
 戦後になると異性との自由恋愛が解禁されるとこのエス文化は廃れていきます。
 BLは三島由紀夫などの少年愛的な物を題材にしているらしいですが、実際は今述べた少女小説を少年でやらしている、といった推論も成り立ちえます。
 上の戦前小説の詳しい説明は「「少女」の社会史」という本に書かれています。

>どうもやおいを読んだ男性側が、じゃあ女同士も萌えるよな、という思考していくと言うのは

 女同士の関係性に気持ちよさを感じる層は男にも一定程度いたと思う。女コンビなども結構描かれてきましたし。ただ腐女子文化が可視化するまでは、せいぜい女同士の友情レベルに萌えていたと思います。性愛や恋愛にしてしまうとレズ好きという「性的逸脱者」趣味になってしまうからです。 
 ただこれ以外にも百合を広めてる要素があると思います。 90年台後半以降女性の社会的地位がより上がることで(男女雇用均等法?も確かそのころだったような)「女同士の友情」をより主張できるようになると、エス的なものまでが社会に表出しやすくなります。特にアメリカと違って日本は男女恋愛が歴史的にあまり根付いていない「同性」文化です(NHKは同性物が得意です)この感性がガチレズとも単なる友情とも取れないエスを男性にも容易く受容させやすくしてると思われます。(もちろん今は多くの男は女限定です)
男女恋愛・セックスまでが日常的なアメリカでは
このエスははっきりとレズと見なされます。Lの世界という激しいレズセックス描写ありの女性向レズビアンドラマが2008年まで放映されて結構人気あったので(これは女優の故・飯島愛さんや土宮アンナさん・眞鍋かをりさんなどがブログなどで紹介されていますし、出演女優が来日して成田が千人もの女性ファンが殺到したとお昼の芸能ニュースでもやっていました)アメリカの百合版ははっきりとしたレズなのかもしれない

さらに女性の社会進出に伴い、男の「萌え」にも少しずつ変形圧力が加わるようになります。つまり人の体をあからさまなポルノで消費するのは児童虐待・女性差別だというものです。(従来の男の美女萌えは多くが女体に起因するものです)
 その中で今までと違って本質的には女体に萌えを起因しない百合は作り手にとってそういう批判もかわせます。規制するには同性愛自体禁止しなきゃならない。(もちろん801も道連れです)で、かつ女の支持者も一定数いる。「なら萌えオタをそれで萌えさせりゃ問題ないんじゃね?上手くいけりゃ女の支持者も増やせてお得かもw」というアニメ作り手のインセンティブも働いているように感じます(特に最近)。供給が需要を喚起するという経済学でいうシュンペーター的拡大みたいな流れをどうも感じます。
百合オタも昔からそういう要素を持ってる人よりもむしろ最近の百合要素の強い作品で百合萌えに目覚めた(=「需要を開発された」)人が非常に多いようです。また現代の「強い女」を「デレさせる」(男性向きでいうツンデレ萌え)のも男よりも同性キャラのほうがやりやすいですし(男尊女卑ともいわれない) 
 腐女子の可視化とともにこれらの要素もあるような。

>出なければ治癒するといわれた場合、甲子園出場を諦めた場合、彼はすでに他のチームメイトとは友情はなくなっているということになるわけですか?

パターン的に「お前らの夢、俺も影ながら応援するぜ」ていう展開でしょう。友情が崩れるのは仲間で共有する夢を自らの意思で放棄した時です。「怪我をした」は「仕方なかった」ので、上のパターン通りにすると友情は維持されます。

>彼らには甲子園出場と言う目的がある。その目的のために一致団結して行動するとき、それは友情ではない?

 夢目標を追い求めて集まっているという事実、そしてそこで強い団結が生まれたら、その状態が「強い友情」だと思います。 

また長すぎて語ってしまった…申し訳ないです/\

投稿: ma | 2009.06.02 00:04

>マリミテ系の百合の起源は戦前の少女向き友情小説が起源です。

エス文化については聞いたことがあります。Sisterの略でしたっけ?まさにマリみての世界でいうところのスールってやつですね。プラトニックな部分が強い百合と言ったところでしょうか。

> BLは三島由紀夫などの少年愛的な物を題材にしているらしいですが、実際は今述べた少女小説を少年でやらしている、といった推論も成り立ちえます。

もっとも日本には昔から衆道と言って少年愛の系譜はあるわけで、どちらが先に始まったかと言うのは判断の難しいところだと思います。もともとぜんぜん別物の可能性もあるかも…。

> 上の戦前小説の詳しい説明は「「少女」の社会史」という本に書かれています。

情報ありがとうございます。機会があれば読んでみます。

> ただこれ以外にも百合を広めてる要素があると思います。 90年台後半以降女性の社会的地位がより上がることで(男女雇用均等法?も確かそのころだったような)「女同士の友情」をより主張できるようになると、エス的なものまでが社会に表出しやすくなります。特にアメリカと違って日本は男女恋愛が歴史的にあまり根付いていない「同性」文化です(NHKは同性物が得意です)この感性がガチレズとも単なる友情とも取れないエスを男性にも容易く受容させやすくしてると思われます。(もちろん今は多くの男は女限定です)

文化によって、時代によって異なるのはむしろ当然と言えるのかもしれませんね。ただ、日本は男女恋愛が歴史的に根付いていないと言うところはどうでしょう。むしろ江戸時代までは、日本は本当に性的には奔放な国でしたし(夜這いや同性愛的なものにも寛容でした)、性的なものに対する規制が強くなったのは戦後からですかね。
まあ、アメリカ的なレズは、あきらかに百合とは異なる感じはしますね。それに対する日本女性の反応も、うかがった限りだとなかなか興味深く思います。もしホモ男優が日本に来日したとしても男性に熱烈に歓迎されるとは…いや、現代ならありえるか…。ビリー・ヘリントンという例もあるしな…。

>百合オタも昔からそういう要素を持ってる人よりもむしろ最近の百合要素の強い作品で百合萌えに目覚めた(=「需要を開発された」)人が非常に多いようです。

あーそれはあるかもしれませんね。百合という概念が一般化したのって、本当にマリみて以後と言う感じですし、現在、百合を消費している層はあきらかにそれ以後に入った人が多いですものね。

>パターン的に「お前らの夢、俺も影ながら応援するぜ」ていう展開でしょう。友情が崩れるのは仲間で共有する夢を自らの意思で放棄した時です。「怪我をした」は「仕方なかった」ので、上のパターン通りにすると友情は維持されます。

じゃあ自分の意思で放棄した場合は友情はなくなるわけですね。でもそれって男性だけなのかなあ、女性の場合は同じ夢を共有出来なくなったとしても友情は残ると…。うーん、なんか感覚的にはしっくりこないんですが、理屈は理解しました。

投稿: 吉兆 | 2009.06.02 22:27

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