『耳刈りネルリ御入学万歳万歳万々歳』読了
『耳刈りネルリ御入学万歳万歳万々歳』(石川博品/ファミ通文庫)読了。
表紙を見てもあらすじを読んでも冒頭を読んでも内容がさっぱり分からなくて強烈にそそられた作品だったのだが、まったくその期待に違わぬ出来だった。
冒頭から物語をさっぱり説明する気がない上に、異常に読みにくい地の文や気が狂ったとしか思えない展開が最高。なんかもーわくわくしちゃう。
そのすさまじい読みにくさの原因が分かった時の嬉しさと言ったらたまらんものだった。基本的にこれ地の文で嘘をついているんだ。正確には、主人公の内面が地の文で描いている場合はすべて嘘。一応、真実だと確定してもいいのは、客観的事実を語っているところと「」で括られた、つまり会話文のみ。道理で主人公がなにを考えているのか分からないと思ったよ。だってコイツ、常にパンチラのことを考えているんだぜ!パンチラのことばかり考えているのに、なぜか行動はジェントルかつクールで熱くて格好いいんだぜ!だから、コイツが妄想している部分は基本的に全部嘘で、実際に考えていることを糊塗しようとしているのよな。実は友人を心配して、不正義に怒り、無力を嘆いているシーンなのに、地の文ではパンツと女とモテのことしか書いてないんだもの!委員会で、ナナイ(委員会に拘束されている女生徒)のために学校を辞めるとまで啖呵を切るという超かっこいいシーンなのに、考えていることが誓いのキッスのこととか、女子サンドイッチのこととかアホ過ぎるわ(注:女子サンドイッチとは、女子にはさまれて胸の谷間で桃源郷を味わうことである)。そのくせ、そのアホな妄想の裏には主人公の真剣な思いが隠されているんだから、実はすごく高度なことをやっているのではないだろうか(パンチラのことを考えているのは、実は比喩表現であり、パンチラを通して主人公の本当の思い(青春の切なさとか葛藤とか)を隠しつつも表現しているのだ、本当だって)。良く分からんと言う人は、一度、地の文を読まずに会話文だけ読んでみな。会話だけだとすげー主人公がかっこいいから。ラストシーンの主人公はマジ格好いいぜ?(会話だけなら)これに地の文のアホさが加わることによって玄妙な味わいになるんだよなー。もうウットリ…。なんかもう楽しすぎて幸せすぎてニマニマしているオレマジキモイ。最高の作品でした。
作者はどこまで計算か天然かわからないのだけども、オンリーワンの力を感じる。今後、祈るべきは、その才能がスポイルされる(つまり普通のラノベ作家になってしまう)ことの無い様にと言うことだなー。このままの作者で成長していって欲しい。
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