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2009.02.20

『悪魔のミカタ666(6)ノットB』読了

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悪魔のミカタ666(6)ノットB』(うえお久光/電撃文庫)読了。

延々とノットBことノビ・コースケが状況分析を行い、戦略方針を練っているだけの作品なのに、これがむちゃくちゃ面白いとはどんなマジックだ。うえお久光はすでにライトノベル作家として次元の違う領域に達しているなーと思う。バトルの一つ、ラブコメの一つ(まあラブ要素はあるけどコメじゃねえし)も入れないで、ひたすら駆け引きしているだけの作品。この、”駆け引きだけ”と言うところが非常に重要なところで、この666シリーズの根幹であると言い切ってもかまわないのではないかと思う。まだ無印時代は、アクションやサスペンス的な要素を入れてきていたが、666シリーズにはそれすらも無い。あるのは、ひたすらに推移していく”状況”。”事件”ではなく”状況”の変化を、数多くのキャラクターを費やして描写しているのだ。事件と状況の何が異なるかと言うと、端的には、事件には原因なり犯人なりがいるが、状況には原因があるとはわからないと言ってもよかろうか。ここで言う状況とは(あくまでもここでの意味だが)、なにかしらの発端はあっても、そこから続いていく展開には多くの人のさまざまな思惑が絡み合いそれぞれの意思が干渉することによって最初の形からはかけ離れていくものなのである。最初に関わった存在からはすでに関係の無いリヴァイアサン。不定形の怪物である。666シリーズとは、まさに堂島コウの持つ”It”を発端とし、多くの人間の思惑によって変形し、変容した”状況”をめぐり、最良の結果を求める人々の葛藤と暗闘を描いた作品なのであろう。つまり、正確には”駆け引きしかない”のではなく、”駆け引きがすべて”であると言うこともできる。そこには”状況”という名の化物を御しようとする人々の思惑があったり、あるいはただ流されるだけであったり、不条理にも踏み潰されるものがいる。そして、その化物と対峙し、打ち倒そうと言うものもいる。多くのキャラクターが行っている駆け引きとは、生きようとする必死の願いと同じものだ。だからこそ、駆け引きのみの物語が、ここまで読者の胸をうつのだ。

…というようなことを考えたのだが、全然関係ないかもしれないので結論は保留。まあこっからさらに状況は動いていくと思うけどねー。眼鏡のこととか明かされていない設定をいまだに引っ張り続けているし、解決してくれねーとこっちの神経が参りそうだぜ。

まあそれはともかく別の話をすると、ノビ・コースケ側を中心に話をしてくれた結果、”堂島コウ”というキャラクターの魅力を再確認した思いだ。コイツは本当にハッタリとテンションしかないんだなー。ハッタリとテンションで相手を(ここで言う相手とは、敵に限らず味方も含む)だまくらかし、翻弄し、自分の都合の良いように、何よりも”自分の意思”で動かしてしまう。それが悪辣ではなく、格好良く見えること自体、”堂島コウ”に騙されているんだろうなーと思うんだけど、それでもいいやと思えるもんな。不思議なキャラクターだなー。それはそれとして”堂島コウ”オリジナルは殺したいんだがどうしたものか。どうでもいいか。

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コメント

>堂島コウ”オリジナルは殺したいんだがどうしたものか。
多分ノビの方もしばらくしたら殺したくなる対象になることは想像に難くない。

うえお久光作品は私にとってどれもツボです。不思議と。
客観的に見ると結構欠点も多いはずなんですけどね。
作品のテンションというか基本明るいのに実は暗い話な感じというかキャラクターの思考というか。
どこがどういいとは言えないのですが総合的な作品の雰囲気が気に入ってしまいます。不思議と。

投稿: HT | 2009.02.21 09:36

>多分ノビの方もしばらくしたら殺したくなる対象になることは想像に難くない。

彼にはまだDTS(童貞ソウル)があるから好感が持てるんですがね。だがねねさんとの仲が非常にあやしい…。

>うえお久光作品は私にとってどれもツボです。不思議と。
>客観的に見ると結構欠点も多いはずなんですけどね。

その欠点と言うのがよくわからないんですよねー。どこに欠点があるのか分からない…なんてのは典型的な信者の発言ですけど、どうも他の人が言ううえお久光の駄目な部分と言うのがピンとこないんですよ。まあ信者の妄言ですが。

投稿: 吉兆 | 2009.02.21 15:21

前コメ読めば分かるでしょうが私も信者に近いです(笑)
理由は長くなったのでかなりはしょります。
・全体的に話が難しい点。難しいというより深いと言うか、状況などを把握してないと楽しめない部分が多い。もちろん理解できなくても楽しめますが、結局そういう人はそこそこ楽しめてもすごくいいにはならない。
>”堂島コウ”というキャラクターの魅力を再確認
ができるかどうかが分かれ目だと思います。

・話として種まきな部分が多い点。だいだい終盤になるまでは話の本質部分や表立った状況はあまり動かないことが多い。
悪魔のミカタなんて種まきだけで1,2巻消費とかもありますし。
特に前述の欠点に引っかかる人ならなお苦痛になってしまう可能性が高い。

・明確な主人公がいるのに構成としては群像劇に近い。
これまた状況の理解、展開などには役にたちますが視点の分散で情報が複雑化したり1人1人(特に主人公)の影が薄くなってしまう問題もある。

それでも長いですね^^;特徴の部分が好き嫌い(というよりはついていけるかどうかかな)が別れるのが欠点というべきかな?
あまり万人受けはしないけど分かりやすい面白さがあるんじゃないし、人を選ぶというほど独特だったり濃かったりするわけでもないといった感じでしょうか。

私の場合挙げたトコとかは問題なかったので、というよりジャストミートしたといっていいくらいですが。
まぁあくまでそういった傾向があるというのと、悪魔のミカタがダメだった友人(かなりの部分で趣味の合う)からの考察ですので。

投稿: | 2009.02.28 10:53

すいません名前忘れました。

投稿: HT | 2009.02.28 11:04

なるほどなるほど。参考になります。

>・全体的に話が難しい点。難しいというより深いと言うか、状況などを把握してないと楽しめない部分が多い。

うえお久光は”状況”の作り方がものすごく上手いんですよね。単純に”事件”なのではなく、多くの人のさまざまな思惑が絡み合った末に生まれる”状況”。そこ複雑怪奇さそのものを楽しむことが出来ないと、脱落してしまうんでしょうか…。

>・話として種まきな部分が多い点。だいだい終盤になるまでは話の本質部分や表立った状況はあまり動かないことが多い。

信者の視点から言わせてもらうと、この部分こそがうえお久光の醍醐味だと思うんですよね。うえお久光は、ひたすら物語の種を蒔き続けていますよね。このノットBなんて本当に動かない。ひたすら今後の伏線と状況のおさらいでしかない。そしてそれこそがすごく面白い。現在の種が、今後どのように芽吹いていくのか、わくわくしっぱなしですよ。

>・明確な主人公がいるのに構成としては群像劇に近い。

感情移入を重視する人ほど敷居が高くなってしまうのかもしれませんね。群像劇というのは、ある意味、主人公が一人だけの作品とは楽しみ方がまったく違っていますからね。俯瞰した読み方が出来ないとまったく面白くない。悪魔のミカタはまさにそういった意味では群像劇でしょうね。ただ、キャラの描写が薄く感じると言うのは、一理あるかもしれません…僕は欠点とは思っていませんが。

>私の場合挙げたトコとかは問題なかったので、というよりジャストミートしたといっていいくらいですが

嫌いな人が駄目と言う部分こそが信者にとってはもっとも面白いところなんでしょうか。欠点と長所と言うのはまさに表裏一体とよく言いますが、悪魔のミカタと言う作品は、HTさんも仰っていますが、非常に濃いというか、”尖って”いるので、好きか嫌いかがはっきり出やすいと言うこともあるのかもしれませんね。

投稿: 吉兆 | 2009.02.28 15:24

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