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2009.02.25

『ゼロの使い魔(16)<ド・オルニエールの安穏>』読了

Ccc4d0920ea0d9d3353af110  『ゼロの使い魔(16)<ド・オルニエールの安穏>』(ヤマグチノボル/MF文庫J)読了。

今巻にて新章開始となったようだ。主人公サイトも、幾たびに渡る英雄的な活躍をしてきたこともあり、ついにトリステイン王国においても公式に認められるようになった。領地を与えられて貴族に準じる扱いとなり、王国における公的な地位を確実なものとしたわけだ。こうなると、今までのような個人の冒険譚ではすまない、宮廷とのしがらみが生まれてくる。そこからいくつもの波乱の芽が蒔かれてきており、一見したところ静かな展開のように思わせつつ、物語は予断を許さない。順風満帆に見えて、サイトの周囲にはいくつもの不和が存在しているのだ。一つには非貴族でありながら貴族に近い地位を得た英雄に怯える貴族たちの反感であり(貴族たちにとっては最良の英雄とは死んだ英雄のことなのだ)、一つには英雄であるサイトと不釣合い(と思っている)”ただの貴族”である自分への引け目に怯えるルイズの心である。公的なものと私的なものの両側面からサイトの未来への暗雲が広がりつつあると言える。それは、サイトにとって新たな種類の試練。彼にとってのこれまでの戦いは、常に挑戦者の戦いであった。彼は常に不利な状況にあり、理不尽な力が彼を翻弄しようとしてきた。それはもちろんガリア王国の魔の手と戦うことであり、さらにはルイズとの関係においても主人と使い魔と言う劣った立場から対等になろうとする意味もあった。ところが、今回の戦いにおいては、彼は”持てる者”あるいは”守る者”としての立場で戦わなくてはならないのだ。彼は、今までのように無心で目の前の脅威と戦えば良いのではなく、より多くの視野で、より多くのものを守るために戦わなくてはならないのだ。それは、これまでの経験により”高貴なるものの義務(ノブレス・オブリージュ)”を学び、多くの人々のため(そしてもちろん自分に親しい人のため)に自分の力を尽くしてきたサイトの、その真価が問われるべき試練となるのだろう。その意味では、サイトが今巻にて、今まで導き手として支え続けてくれた”彼”を失ってしまったことは示唆的と言えるだろう。つまり、サイトはもはや”守られる者”であることは許されない。”守る者”にならざるを得ないのだ。つまりこの物語は、彼の自立の過程に入ったのだ、と言えるのではないだろうか。ヤマグチノボルの手腕の精妙さに息を飲みつつ、サイトの新たな戦いを描くであろう続きに期待したい。

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