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2008.08.27

『メグとセロンⅢ ウレリックスの憂鬱』読了

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メグとセロンⅢ ウレリックスの憂鬱』(時雨沢恵一/電撃文庫)読了。

クールで格好良いセロンくんの、メグミカに対するヘタレっぷりを愛でるような作品になりつつある。メグミカとの関係は進んでいるのか進んでいないのか良くわからない。トラどら!もそうだけど、天然女子とヘタレ男の組み合わせはなかなか進展が難しいぜー。まあそこが愛おしいわけだが。

僕の予想通り(だったっけ)物語は新聞部を中心とした”少年少女探偵団”の様相だ。特に世界を揺るがす大事件が起こるわけでもなく、平和な日常、平凡な学園の中で起こる事件を解決していく作品になっている。ちょっとした行き違いを華麗に解決するセロンは本当に格好良いし、新聞部内の役割分担も明確になってきていて、エンターテインメントとしては非常にハイレベルであると言えるだろう。

しかし、それだけならよく出来たジュブナイル小説ですむのだけど、個人的には作者のものすごい悪意が感じられるところに注目したい。だって考えても見てくれ。これって『リリアとトレイズ』のスピンオフなんだぜ!?セロンとメグたちが平和な学園でちょっとした事件を解決している日常の裏では、トラヴィス少佐をはじめとする大人たちが、血で血を洗う抗争の果てに、やっとの思いでその日常を維持しているんだぜ!?作品単体ではなく、シリーズものとしてのメタ視点で作品を眺めると、作者の恐ろしいまでの計算を感じてうそ寒くなる。作者は、平凡な日常と、その日常を支える非日常を同時に描くことで、相互に補完を行っているのだ。平凡な日常こそを、トラヴィスたちは守ろうとしているわけだし、トラヴィスたちがいなければ平凡な日常はもろくも瓦解していくはずなのだ。なんてもろい足場の上で、こいつらは青春をしているんだ!?と慄然としてしまう。そして、そのことを理解出来るのが、読者しかいないということも、すごいと思うのだった。

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コメント

悪意っていうとちょっと違うんでないですかね。
児童文学らしい児童文学、のコアイメージって20世紀前半の海外児童文学だと思うんですけど、この時期の、たとえばアーサー・ランサムやケストナーの諸作は、直接は戦争が出てくることはありませんけれど時期が時期だけにいろいろと嫌な想像をしてしまいます。ジョンはたぶん第二次大戦時には従軍してるよなあ、とか。ケストナー先生にいたってはナチに本焼かれてますし。

投稿: hatikaduki | 2008.08.27 23:44

悪意と言うのはちょっと乱暴な表現だったかもしれません。
ただ、アリソンシリーズから徹底して国家的陰謀を描いてきたところで、このメグとセロンシリーズでは、一転して日常を描いているところに、作者の日常と言う名の虚構と言うものについて実に自覚的であるなあと思うとともに、わざわざ分かりやすく「非日常」(アリソン、リリアシリーズ)→「日常」(本シリーズ)の順番で読者に見せているあたりに、作者の凄く意地悪だなあと思ったもので。

もうちょっと別の言い回しの方が良かったかもしれません。

投稿: 吉兆 | 2008.08.28 12:23

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