『処刑御使』読了
『処刑御使』(荒山徹/幻冬舎文庫)読了。
文庫化されていたものをようやく読んだ。ジャンルを無理やりつけけるとSF伝奇なんだけど、SFと伝奇の食い合わせほど悪いものは類を見ないよな。山田風太郎の『柳生十兵衛死す』にを例にとるまでもなく、良く言って怪作になるしかない。なぜかというと、結局SF部分はあくまでも伝奇部分に侵食され、伝奇部分を支える屁理屈に堕してしまうわけで、まあ荒山徹の作品はみんなそんなもんだと言われれば、その通りだ。でも、荒山徹の性質の悪いところは(褒め言葉)、そんな食い合わせのわるいものをくっつけて、ハリウッド的エンターテインメントにしてしまうところなんだよな。
今、ハリウッド映画って書いたけど、本当にそのまんま。荒山伝奇臭を取り去ってみれば、残るのは美女とロマンスとアクションしか残らないハリウッド(別にハリウッドを貶しているわけではありませんよー)。未来から主人公を守るためにやってきた導き手と、殺害を目的としている刺客がやってくるというのもターミネーターだし…。まあ刺客が火を吹いたり電気大ムカデに変化したり(←これがわけわからん。何でだ)するけども。
しかし、主人公である伊藤博文よりも、朝鮮刺客側の描写がイキイキとしていたなー。伊藤博文への憎悪をたぎらせながらも、過去の己の国家の貧しさに悲しみ、自国の現状へほのかな揺らぎを覚えていたり、今までの朝鮮側の描き方からすると大分人間らしいというか、自己批判的なナイーブさを持っている…と言えないことも無いかもしれない…ような気がする(魔風海峡の臨海君は例外)。短銃の使い手、応七なんて、わりと義に厚いナイスガイだしね。
まあ、その分、腐った両班は実にいやらしく描かれているわけですが。ろくでもねーなー。
まあ細かいことを気にしないで、ノンストップエンターテインメントとして楽しめばいいんじゃないでしょうか。まあ他の人の感想を眺めていると、伊藤博文が嫌いという理由で虚心に読めないという意見が散逸されます。これは歴史上の人物を扱った伝奇小説では避けられないことなので、無理も無いですね。まあ、これは荒山宇宙での伊藤博文なので、現実とは異なっている、という読み方が出来ればいいのだけど。そんだけー。
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コメント
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
投稿: 履歴書 | 2012.08.23 11:30
お褒めいただきまして、ありがとうございます。なにについて感謝されたのか今ひとつ理解できませんが。
投稿: 吉兆 | 2012.08.23 21:19