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2008.07.11

『虐殺器官』読了

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虐殺器官』(伊藤計劃/ハヤカワJコレクション)読了。

これは現代の戦争について書かれた作品なんだな。9.11以降の戦争を描いた、という世間のキャッチフレーズにようやく納得。つまり民族的文化的対立に伴うテロリズムを”戦争行為”と規定すれば、すなわち現代は”常時戦争状態”にあり、戦争は限りなく矮小化し、普遍化する。それは戦争と平和という対立項が存在しなくなっていく世界。戦時中であり平和でもあるという狂った世界なのだ。…なんとも背筋がぞっとする。この作品はフィクションではあるが、同時に強烈な同時代性があって、おそらく、現実のどこかで起こっていることでもあるのだ。

冲方丁の『シュピーゲル』シリーズ、あるいは小島秀夫監督の『MGS』シリーズと比較されるのもむべなるべきかな。おそらく、これらの作品は同根の思想から始まっている。”現代”を描こうとしていると言う点で。”戦争”を描いていると言う点で。・・・これをきちんと評価するには現代の戦争について勉強が必要であろうな。いずれ必要だとは思っているので、読んでみるか。

こんな書き方をしてしまうと、どれだけストイックな作品なのかと思われるかもしれないが、実のところそんなことはない。これははなはだ”悪趣味”なエンターテインメントだ。人が人を殺すと言うことを、過剰にメッセージを込めることなく、内相的に閉じこもるでもなく、淡々と描いている。そしてそれがもっともおぞましい。人が人を殺すことに、殺意はいらない。憎悪も必要ない。意思さえも必要ない。ただその必要があるから殺すし、死ぬのだ。われわれは戦争すら消費しようとしている。否・・・すでに消費してしまっているのか。人が死ぬことはただの現実であるだけなのだが、しかし、遠いどこかで起こっている死に対して、常時戦争状態となっている現代において、”われわれ”にとって戦争は現実ではないが常にそばにあるものとなっている。”われわれ”はなんの悪意もなく戦争に加担し、なんの敵意もなく人を殺す。それは、この作品の主人公のように任務として殺すと言う意味ではなく、”無関心であるゆえに”、そして”無理解であるがゆえに”に殺す。テロの報復、国際平和のためという目的のため、善意の中から戦争を支持する。無関心の善意こそが最大の悪なのか。平和は戦争の上に成り立つ。そんなグロテスクな世界が、現代の戦争だと言うのか。

本当に、ひどく、ひどく、恐ろしく思う。

追記。
こんな真面目な感想を書いたあとで不謹慎だが、あちこちに過去作品へのオマージュが感じられて、ちょっとにやりとする。MGS4のノベライズを作者がやっていると言う情報を得た後だと、主人公たちが自分の部隊のことを”蛇食らい(スネークイーター)”と呼称しているのには思わず笑ってしまった。やはり、あのシリーズを強く意識をしているのだな。

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世界は重層化している。血と汗と涙のレイヤーの上に貧困と繁栄のレイヤーがあるのがこの「世界」だ。 [続きを読む]

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