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2008.06.09

『紅~醜悪祭~(下)』と『紅 公式ファンブック』読了

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紅~醜悪祭~(下)』と『紅 公式ファンブック』(片山憲太郎/スーパーダッシュ文庫)読了。

醜悪祭が決着つかず、公式ファンブックにエピローグを書き下ろし、と言う方法がずいぶん叩かれているようだけれども、醜悪祭をきちんと結末をつけていればここまで叩かれずに住んだのだろうな、と思うとそれをさせなかった要因と言うものが、すこし気にかかる。作者のスランプか、アニメ化に合わせた強引な刊行計画か、はたまたその両方か(その可能性が高そう)。結論を出すのは難しい。内部事情の分からない部外者の身では、結局は推測でしかないものだし、推論で決め付けて、それを振りかざしたくも無い。しかし、納得の行かないもやもやは残る…。

すでにあちらこちらで、”醜悪商法”なる用語まで生み出されて、一時期は僕も興味深く傍観していたけど、結局、実情が分からない以上、広げようも無い話題ではあるしなあ。すでに下火になった印象もある(今は小学館の方が旬の話題か。これも難しい。一読者としては正義の漫画家、悪の小学館と決め付けたいところだが、そんな単純なものとも思えないし…。まあそれはさておき)、とは言え、やはり読者としては納得しがたいものがある。きちんとした説明がされることはとても期待できないしなあ。

ええと、本編の話。

事前に覚悟していたほどどうしようもないものではなかった。少なくともプロットは明快で、一度コテンパンに敗れた真九郎が、自分の戦う動機と言うものを見出し、再び絶奈に戦いを挑むという流れそのものには文句のつけようもない。問題はそこに至るまでのディディールの絶望的な足りなさだけだ。真九郎の意思を固めるまでの描写と、戦いの中で目覚める決意の描写が無く、ただ行動と結果だけが示され、読者にその意味が開示されることは無い。これでは読者に理解させようと言う努力を放棄していると捕らえられても仕方の無いところだろう。その点は不満ではあるが、逆に絶奈との戦いそのものは重要ではないと言えるので、決着が描かれないことそのものには不満はない。そういうやり方もあるのは理解できる。しかし、そのためには読者に納得させられるだけの、真九郎の決意の描写が必要になるわかで、その意味での批判は免れないのだろうなあ。

ファンブックの内容は、本当にエピローグと言う感じで、正直、必要性はあまり感じられない。後日譚と言うのが適当な表現か。まあ、物事を収めるべきピースに修めるという意味では必要な内容なのかもしれない。ファンブックに入れる内容なのか、と言うと、やはり疑問ではあるが。まあ、何らかの事情があるのだろう。

結論としては、やはり小説としては足りないものが多い。ファンブックの存在も不確定で、最初にも書いたけど、作家の不調と、制作進行のスケジュールの狭間で出した苦肉の策と言う印象が強い。しかし、それならば、もう少しスケジュールを遅らせることは出来なかったのか、とか、いろいろ思うこともあるのだが、少なくとも、作者が作品のことだけを考えられなかった可能性を考えると、気の毒だな、と思う。

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