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2008.05.31

『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん(4)(5)』読了

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 『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん(4) 絆の支柱は欲望』『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん(5) 欲望の主柱は絆』(入間人間/電撃文庫)読了。

とりあえず湯女さまかわいいよ湯女さま。

これだけで感想を終わっても良いんだけど、いくらなんでもあんまりなので本編について少しだけ。ラストの脱出トリックは、ちょっとNGだと思う。なぜなら男女の体格差を考慮していないから。ネタバレになってしまうので多くは言及できないけど、いくら絶食したところで、男性と女性とでは体脂肪率やらなにやらあらゆる条件が異なっているし、男性の中でも身長体重が異なっているし。まあだからこそ、”みーくん”が最後に脱出したとも言えるわけだが、でも湯女がそんなこと気にするとも思えんしなあ。あと、お前ら元気過ぎ。何日飯食わないで活動できるんだ。常人なら一週間を水だけで過ごすだけで、気力体力は限度に達するぜ…。水無しで一ヶ月間ぐらいなら生存出来るらしいけど、そんな理論だけだと思うんだがなあ。

なんか貶してしまったので、本編以外でもう少し。”みーくん”の口癖である「嘘だけど」と言う言葉。本編でも相変わらず縦横無尽に駆使されており、読み手の精神に引っかかることおびただしいのだが(個人的には「戯言だけど」よりも否定の意味が強すぎるので、文の最後に付け加えられると全文の意味がなさなくなってしまうので、読みにくいことおびただしい。戯言は韜晦だけど、嘘は虚言だもんなあ)、とにかく、この「嘘だけど」と言う言葉は、”みーくん”の現実否認の意思から生まれているものなのかな、と思った。

現実否認、と言うとちょっと強すぎる表現だけど、ようするにあらゆる価値観、善も悪も、幸福も絶望も、愛も憎しみも、すべてが相対的なものでしかないと言う諦念と、それを拒否しようと言う意思の表れなのではないかと思うのです。

それは、物事に対する絶対的な価値観を得られないということ。無論、物事には絶対の真実など無く、あるのはただ解釈だけであるというのは一つの考え方であるんですが、それでは何も生まれない。そこに自らの価値観への信仰といいますか、”自分の解釈で世界を理解しよう”と言う意思が必要になってくるわけです。現実をどのように生きていくかの指針、悪い言い方をすれば決め付けですね。でも、そうやって人間は現実を認識し、解釈し、生きていくしかない。

ところが”みーくん”は一度、現実を解釈するための指針を破壊されてしまっている。世の中の何が正しくて、何が間違っているのか、判断することが出来なくなってしまっているんですね。”何をすることが正しいことなのか?””なにが人間にとっての幸福なのか?”そういった、誰しもが持っている疑問、しかし、自分に思い込ませていることが、理解出来なくなっている。

それは生きていく上で、自分自身の行為への信頼性がまったく無いということでもあり、自分の判断、さらに言えば自分の感じる現実そのものへの深い懐疑に包まれてしまうことを意味します。自分を取り巻く現実そのものへの懐疑、まさに地獄としか言いようが無い。

それに対する防壁として機能するのが「嘘だけど」と言う言葉なのでしょうね。「嘘だけど」という言葉によって、彼の行為はすべて無化される。それは何か行動を起こしながらも、その行為に対する深い懐疑に包まれることへの矛盾を解消するために、行動したけど行為しなかった、という自分自身への欺瞞につながるという不毛なものですが、そうして自分自身を騙さなくては一歩も進む事が出来ない。まあ厳密に言えば、彼は自分自身の行為をすべて否定しているので、本当の意味では前に進んでいるわけではなく、ただ同じ場所をグルグル廻っているにすぎないわけですが、だからと言って立ち尽くしているわけにも行かない、と言うギリギリの選択である、と言うことも出来ます。

まあ、それすらも甘えであると言われればその通りだと思うんです。結局、自分の価値観、判断と言うのは自分で作っていくしかなく、その責任を取るのも自分しかいない。”みーくん”はそれから逃避していることは間違いないと思います。

それでもなお、自分自身では一歩も前に進むことが出来ないながらも、前に進みたいという希望、願い、あるいは意思と言っても良いものを持ち続けている”みーくん”は、非難されるべきではない、と僕は思います。

ちょっと話は違いますけど、今回出てきた”みーくん”と同じタイプの人間といわれる湯女さんは、”みーくん”と同様、価値観と言う物差しがぶっ壊れてしまった人間と言う点では同じですが、”みーくん”と決定的に異なるのは、彼女はその壊れた物差しで現実を生きていくことに躊躇いが無いということでしょうね。”みーくん”はその物差しが壊れていることを知っていて、それでも平穏に、つまり普通の物差しと併せて生きようとしているけど、湯女はそういう気持ちとは無縁であろう、と。まあ、今後、湯女の内面が明かされるようなことがあれば変わってくるかもしれないですけど。それはさておき。

まあなんだかんだ言ってみたけど、”みーくん”の「嘘だけど」と言う言葉は、読み手としてはイライラさせられることおびただしいけれども、決して無意味なものではない、と言うことを自分なりに納得できるようにしてみました。3巻の感想で、ちょっと誤解されてしまったところがあったので。

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コメント

ところで4巻と5巻の画像を並べてみて気がついたんですが、携帯電話の糸がつながっているように見えるんですよね。なんかこう…いろいろと深い。

投稿: 吉兆 | 2008.05.31 13:42

ここで書いたことは、そのまま戯言シリーズにも当てはまることに気がついた…。

投稿: 吉兆 | 2008.06.25 21:52

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