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2008.04.14

『メグとセロンⅠ 三三〇五年の夏休み(上)』読了

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メグとセロンⅠ 三三〇五年の夏休み(上)』(時雨沢恵一/電撃文庫)読了。

『リリアとトレイズ』シリーズのスピンオフシリーズ。リリアの級友であるメグと、彼女に恋焦がれるセロンの、ひと夏の冒険物語。

メグとセロン、というタイトルだけど、今回は実質的にセロンの視点から物語はつづられる。容姿端麗、頭脳明晰な彼の、好きな女の子に告白どころか話しかけるきっかけすらつかめず悶々としたり、親友にからかわれたり、せっかくお膳立てしてもらったチャンスすら”もの”に出来ないと、恋する駄目男子のヘタレっぷりを遺憾なく発揮させており、端的に言って大変に萌えー。恋愛下手男子萌えーはわりと一般的なのではないでしょうか。主に腐女子的に(偏見)。僕はわりと腐女子的観点からも萌えられるタイプであるのでなんの問題もないけれども、それを除いたとしても、かのセロンのおたおたぶりは、男子諸兄にも大いに共感を寄せられることでありましょう(何言ってんだこいつ…)。しかも、そんな情けないセロンくんが、メグのことからちょっとでも離れれば、その明晰なる頭脳を駆使して謎に立ち向かうヒーローぶりを発揮することにより、感情移入をさせた読者の爽快感をうながすことにまで繋がっており、実に技巧的な作品である。天然っぽいメグ嬢も、読者に反感をもたれ難い造型をしており、時雨沢恵一隙無し!の印象をますます高めている。

ただ、非常に技巧的であるがゆえに、僕程度の読者にすらその作品の構造が透けて見えてしまっているところがやや惜しいところもあって。これは時雨沢恵一作品全般に言えることなのだが、作品のテーマに対して、作者が非常に冷静な視点を常に保持している点があり、作者が冷静で、技巧的である分、読者もそのテーマをトレースしやすく、構造を理解しやすいということでもある(もっとも、これが果たして欠点であるのか、という点には一考の余地がある。少なくとも、その明確さが、良い意味での”軽み”を物語に付与している点は認められる)。

まあ、こんなことをぐだぐだ言う必要はあんまりなくて、少年少女たちのひと夏の恋と冒険物語という点で極めて普遍性を保っており、なつかしきジュヴナイルを思わせる作風が好ましく感じられるのであった。

だったらいちいちケチをつけるなよ、と自分でも思わないでもないのだが、上記の記述はあくまでも、自分が時雨沢作品にたいして感じていたものの、現時点での一つの表明であり、自分自身への備忘録として、一応記す。わざわざこんなこと断りを入れている時点で極めて姑息だなあ、と自分でも思うのだが、姑息な発言をして困るのは自分だけなんでまあいいだろう。

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