『私立!三十三間堂学院(7)』読了

『私立!三十三間堂学院(7)』(佐藤ケイ/電撃文庫)読了。
大勢の女性キャラが凄まじい勢いでキャラ立てされていき、暴走をほしいままにする長編に比べると、今回の短編集では、キャラクター一人一人が持つ背景を掘り下げることでちゃんと話が成立しているのがすげーよな。これは、キャラクターの持つバックボーン(生まれ、性格、家族関係などキャラクターを構成する歴史そのもの)を精密に生み出していないと、素晴らしいものは生まれにくい。表面をなぞるだけで終わってしまうからね。結局、人間関係が生み出す波乱や摩擦(つまり関係性の快楽)に頼らざるを得なくなる。そういうのは、キャラ単独で物語に屹立するもの持っていない、と言うことだと思うわけです。キャラクターが多くなればなるほど、キャラはどんどん記号的にならざるを得ないのは仕方が無いことなかもしれないのだけれども、ちょっとそれでは寂しいものがある。
で、そこでこの佐藤ケイですよ。佐藤ケイは、ほぼ完璧にキャラクターの『歴史』を掌握していると言っていい。作品そのものに目を向けてみればそれは明らかである。己の才能の限界について悩む金田伊緒が、友人との差に感じるコンプレックスを乗り越えるまでを描いた『剣道部夏合宿』。『千住家本家帰宅』では、花音の千住家当主として背負ってきた凄まじい重みと、その重みを跳ね返して毅然として立つ花音の姿が描かれている。『墓参り』では法之とかづちの、幼馴染としての絆を描いているし、『夏祭り』では単なるにぎやかしと思われていた増永南の驚くほどに繊細の心配りと、それをすべて把握している天持東の友情など、単なる記号的な萌え属性に留まらない、彼女たちの存在への昇華があるのだ。
彼女たちにも人生があり、過去があり、そして未来があるという、ごく当たり前で難しいことを、こうも容易くやってしまう佐藤ケイの技量には、改めて感服した次第である。
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