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2008.02.13

『アフリカン・ゲーム・カートリッジズ』読了

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アフリカン・ゲーム・カートリッジズ』(深見真/角川文庫)読了。

もはや深見真は大好きと言うか最高と言うか、半端ではないほどに面白いと思うのですが、はたしてどうしたところが面白いのか、と言う点を述べるならば、すなわち人間に対する圧倒的肯定と、人間を束縛する秩序(悪い意味での常識、既成概念、道徳など)に対する否定が描かれていると言う事に尽きる。

深見真の描く主人公は、さまざまな理由で己の中に満たされない思い、あるいは虚無、あるいは怒りなど、負の感情を抱え込み、その負の感情を生み出す元凶(差別であり、無理解であり、不条理であり、すなわち”悪”である)に対する、”憎悪”がある。

深見真の面白いところは、そのように主人公が”正義”ではないところだと思う。つまり”悪”に対峙するものは”正義”ではなく、”憎悪”であり、そしてそれに付随する”暴力”である、と断言している。こう書いてみるとはっきりと分かるのだが、これはテロリストの論理に近い。どうにもならない現実を、暴力で(すなわち銃で)打ち破ろうという衝動。この、一歩間違えれば危うい(あるいはすでにスレスレの)衝動が、しかし、ギリギリで”正しくある”のは、この主人公たちは、己の憎悪で他者を傷つけようと言う意思が無いから。彼らの憎悪は、もっと大きくて、形の無い、”悪”そのものに向けられている。

残酷でエロティカルな描写さえ数多く存在するこの物語が、どこか爽やかな印象さえ与えられるのは、そんな青臭くて、幼いとさえ言える”悪”を憎む心が、物語内でまったくブレることなく語られているためなのであろう。

『アフリカン・ゲーム・カートリッジズ』は、エロスとバイオレンスがたっぷり詰まったガンアクション小説だ。しかし、同時に、自分が自分であることの”もがき”を描いた青春小説でもある。”悪”は、決して世界に分かりやすく配置されているものではなく、己の中にこそある。己の中の”悪”を憎悪し、戦い続けるこの作品は、確かに深見真の原典であると言えるのだろう。

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コメント

やっぱ読みたいな~。だけど、本屋にないんだよな~。

投稿: pm882 | 2013.07.23 14:21

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