『鉄球姫エミリー』読了

『鉄球姫エミリー』(八薙玉造/スーパーダッシュ文庫)読了。
こ、これはヒドイ…(良い意味で)。パッケージのライトノベル振りに反して中身は殺戮と鮮血とエロス(主に下ネタの方)と悲劇に満ち溢れたゴイスでギャランドウ(ギリギリと言う意味。誤用)な有様である!つまりそれって最高ってこと!?うん、最悪!!(爽やかな笑顔で)
主人公のエミリー姫からしてもう、こいつは良い暴君になるぜえ…クックックと含み笑いをしてしまう感じで、良い感じに鬱屈していやがる。ま、確かに悪人と言うわけではないんだけど、基本的に差別主義者で快楽主義者な者だから、平民を愚民などと平然と吐き捨てるし、自分のために他人が死ぬことも当然だと思っているし(つまり命の価値に差をつけているわけ)、もう超暴君の素質ありまくり。しかし、側近の人間にとっては、実のところそれほど悪い人間でもなくて、むしろ親しみのある人物として描かれているところが良いんじゃないかと思ったよ。人間は、善と悪、それぞれ同じように備えており、公正な平和主義者が大量殺戮をすることもあるし、血に飢えた覇王が善政を敷くこともある。完全な善人もいないけど、真実の悪人もいないという、そういうことですね。
ええ、話が逸れたけど、そういう自己中心的ではあるが、美質もまた持つエミリー姫が主人公だと、ああ、貴種流離譚であり、人の上に立つものとして成長していく話になるのかと思ったわけですよ。普通そう思うよなあ。ま、確かにそれは間違ってはいないわけだけど…いやーなんだこりゃ。姫の政治的立場を巡って超人的戦士たちのバトルをかますのは別にかまわないんだけど、そこから始まる殺って殺られて殺りかえすと言う血で血を洗う泥沼の戦闘!すごいインパクトですなこれ。強烈な存在感を発揮するキャラクターであっても容赦なくぶち殺し、忠実な騎士、可憐なメイドでさえ拷問し、虐殺される。刺客もまた後には引けない事情があって、なりふり構わず戦いを挑むと。どう考えてもそのバトルとそれにともなう残酷物語が主眼ですわな(まあ主人公も成長しているようなしないような…)。
たまらんにゃあ(変態ですね)。
いやー、オレさあ。血と憎悪で敷き詰められた泥沼のバトルが大好きなんだけど(ぶっちゃけ過ぎ)、これはなかなか容赦が無くてよいと思うんですよ。萌えキャラを容赦なく消費するあたりは西尾維新的な感じもあるけど、こっちは身体的な欠損と抽象化していない(痛みのある)赤い血が迸っているところがポイントかもしれねえなあ、とか思った。
まーなんだ。そんなに会話が面白くないとか(下ネタが多すぎる、っつーか。ジジイマジでうぜえ)、キャラがわざとらしいとか(後で殺すためにキャラ立てしているのが丸分かり)、欠点はたらふく掃いて捨てるほどあるんだけど、作者がやりたいことを一切合切をぶち込んでいる非常に趣味的な熱意があって(趣味も極まりすぎな鎧の設定とかむーざんむざんな展開とか)、その点がヒドイ(良い意味で)と言わざるを得ない。いやー新人はこれぐらいわけのわからん熱狂があると頼もしいですなあ。落ち着かないで、これからも趣味を極めて言って欲しいものでありまする。ビバ!
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