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2007.08.21

『黄昏色の詠使いⅢ アマデウスの詩、謳え敗者の王読了

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黄昏色の詠使いⅢ アマデウスの詩、謳え敗者の王』(細音啓/富士見ファンタジア文庫)読了。

えーと。うーんと。さあどうしたものか…。とりあえず3巻まで読んでみたんですが、結局、2巻で感じた成長物語としての歪さが解消されていない感じだった。まあ簡単に言えば天才の苦悩なんて僕には理解出来んよ、と言うのが正直なところなのだ。まあもうちょっと補足すると、主人公たちが悩み苦しむ過程は、すでに1巻の時点で通り過ぎてしまっているのに、2巻、3巻といまだに1巻のテーマを繰り返し続けているといえる。例えば2巻のエイダの存在がまた僕には良く分からなくて、要するに出来ることとやりたいことの狭間で苦しんでいると言うのは分かるのだが、そこで何故自己否定に繋がるのかが良く分からない…。ネイトもクルーエルも、もはや目指すべきところが見定まってブレがなくなっていて、人間って一瞬で成長することはあるんだろうけど、ここまでブレがなくなってしまうことは、正直なところ(言い方が悪くて申し訳ないのだけど)気味が悪いのだった。まあそれはちょっと言い方が悪いんだけど、まだまだ少年少女であるところの主人公たちが、自分たちの歩むべき道を明確に認識していることと、それを行うことの是非まで綺麗に割り切れており、その割り切れ方に対して作品中において非常に肯定的に描かれている点に馴染めないところがある。割り切れるというのは確かに強いけど、それは悩みを放棄している(それ以外の選択肢を排除している)と言うことにも繋がってくるので、あまりにも主人公たちの悩みのなさに対して、「本当にそれでいいと思っているの?」と思わず詰問したくなってしまうのは、僕の性根が歪んでいるからなのか…。まあ、難癖に近いものだということは理解しておりますが、僕の感覚からすると…どうも違和感を拭いきれないなあ…このキャラクターは…。

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コメント

一巻は良かったんですけどね。
私はこの作品の何がまずいかといえば天才の出しすぎにあると思います。
一巻の時点では天才は空前絶後の大天才と言える不可能を可能にした
虹色と夜色の二名だけでしたし、この二人は必然でした。一巻はいわば不可能としかいえない夢を目指した二人の少年と少女の物語だからです。

しかし二巻になるとエイダというレベルの分かりにくい天才が登場します。
エイダの天才性は虹夜に匹敵するようにもそれ以上にもそれ以下にも読み取れます。
それにより上記二人の天才性が薄れます。さらにクルーエルも天才性を見せ始めます。しかしこの時点では三人より劣る(が一般的には天才)程度といった感じですが。
そもそも主人公のはずのネイトは蚊帳の外と言って良いでしょう。

そして三巻になるとクルーエルの天才性が異常なものであることが発覚します。すると異常な天才が四人も出てくるわけです。
さらに天才ではないものの常識ハズレといえる技術を持った老人やらイ短調の面々やら…
エイダとクルーエルとカインツとイブマリーとイ短調のメンバー誰が一番すごいの?っていうのが分かりませんからね。
そしてカインツとイブマリーの二人の天才から始まったはずが、あの展開ではイブマリーの方が上であるかのようにも思えます。すると綺麗なバランスを持っていたはずのこの二人の間も不純物が混ざり始めます。

ついでに言えば主人公が見当たらない点。つまり読者がとりあえず誰の視点で読めばいいのかが分からなくなってきます。
ネイト、エイダだったのは確かですがクルーエル?それにしては、「すごいかな?先生なら普通だと思う」→学生が先生と同レベルでできたらすごいとしかいえないだろうが。こんな思考を散々見せられても逆になんですごいと分からないのか?としか思えないし。
しかもネイトが鍵にぎってる?ぽくまだ主人公っぽいし。そのくせ別に群像劇的なわけでもないしで。

基本が成長物語的な話の進め方をしながら、ドラゴンボール的な能力のインフレが起こっていることで相互に邪魔をしてしまっているのではないかと思います。

投稿: kkrk | 2007.08.22 11:58

追記
すごい天才による痛快活劇(スレイヤーズのような)だったら問題ないのです。
しかしこの作品は(少なくとも一巻は)アクションよりキャラの心、成長といったものを重視していたはずです。あくまで戦闘はギミックには過ぎなかったはず。
しかし特に3巻ではむしろ戦闘が重要になってきてしまっています。これはイ短調の二人や校長ですね。
するとキャラの精神描写が弱くなり、また桁外れの天才や特異な思考のキャラの精神描写に感情移入や美しさを感じるのは少々難しくなります。
それにより、この物語が持っていた良さが損なわれているように思えます。

投稿: kkrk | 2007.08.22 12:15

はじめまして。いつも楽しみに拝見しております。

>割り切れるというのは確かに強いけど、それは悩みを放棄している(それ以外の選択肢を排除している)と言うことにも繋がってくる

この部分に特に共感したので初コメントをさせていただきます。
この作品にある「気味悪さ」というのは、もしかしたら新興宗教的不気味さに近いのかな、と思いました。何か一つを熱狂的に信仰することで他から目をそむけている、というような。いえ、私の思い込みかもしれませんが。
ネット上で感想を読んでみると肯定的な人があまりに多くて、こうして否定的な意見を見かけないので、私はその点が不思議でなりません。私は不特定多数に好評なほどツマラナイと感じる天邪鬼ですけど。
ストーリーに関しても、世界観が深まったというような意見を目にしましたが、私は矛盾が増えただけに思えてなりませんでした。続きものの矛盾は作者の力量しだいでは伏線に変わることもあるので、現時点での判断は難しいのですけど。
特にクルーエル、一巻と二巻以降では違うキャラなんじゃないか、と思ってしまいます。
また、理系人間なので、中途半端な科学っぷりに少々苛立ちを覚えてしまいます。難癖だとは分かってるんですけど、可視光なら全て混ざれば「白」で色(顔料)なら「黒」なんだよなぁ、と。いちいち可視光とかって説明がなければ……

確かにこの作品「天才」ばかりですね。
天才の成長物語は凡人の私には分からないのかしら。三巻で感じた違和感は、そこに起因していたのかもしれません。

一巻は巧くて、多少ご都合主義は感じたけど、好きな作品だったのになぁ。

投稿: K | 2007.08.22 20:49

>kkrkさん

どうもはじめまして。

まあ天才が天才である理由は天才だからである、と言うのはその通りなんですが、それを小説でやってもらってはなんの面白さもありませんなあ。それもこの作品は人の成長が焦点になっているはずななのに、その成長の理由が”天才だから”で済まされていると言うのは構造的に、根本的に問題があるんじゃないかと…。1巻はねえ…、おっしゃるとおり、『不可能を可能にしたのは、少年と少女のたった一つの約束だった』と言う話なので、不可能を可能に出来たことに対しては理由は必要なく、”奇跡”として受け入れることが出来たんですがねえ…。奇跡も大盤振る舞いされては困りますなー。

>Kさん

どうもどうも。はじめまして。

まあ彼らの行動原理を僕が理解できていないだけなのかもしれませんけど。たぶん、この作品を高評価している方は、このキャラクターの行動する理由を感覚的に理解出来ているんでしょうね。まあ主人公たちはそれで理解出来ているんだから、それに僕が難癖をつけることこそ大きなお世話と言う感じもしますが。趣味の問題ですな。んで、僕は天才が嫌いなんですよ(あーぶっちゃけた)。そもそも天才は成長なんてしねーだろ、みたいな。天才の成長物語を描こうとしている点で、この作品は根本的になにか間違えているような気がするんですが…。

投稿: 吉兆 | 2007.08.23 00:23

そういえば一巻の主人公のネイトは別に天才ではなかったんですよね。
もしかしたらすごいのかも知れませんが、あの時点ではあくまで凡才(ないし秀才)。
悩みも"天才"の母の偉業を受け継ごうとする"凡才"的な感じでしたしね。
その点できちん"成長はしましたが、エイダは悩みが解決しただけで別に成長はしてませんしね。
クルーエルも成長というよりはなんだか異状って感じですし。悩みもなんか変だし。

詩はいいしなぜ夜色なのか?とかいい点もあるんですけどね…なんか進む方向性を間違えてる感じですよね。

投稿: kkrk | 2007.08.23 10:15

と言うかこの作品でキャラクターが成長しているような気がしないんですよ。

成長と言う定義にもよるんですけど、この作品において主人公たちの望み、あるいは理想と言うものを阻むものは、主人公の内面的なもの(どうせできっこないと言う諦め)しかなく、彼ら、彼女らが本気で頑張ればなんでもあっさりと理想を実現出来てしまう。主人公たちにとって、世界には不可能なことがなく、”出来る出来ない”の問題ではなく、”やるかやらないか”の問題でしかないところが非常に気にかかるところだと思うのです。この作品には、いわゆる一般的な意味での”挫折”、つまり理想と現実の齟齬が生まれず、内的な理想がそのまま現実に反映されているようにも感じられますし、主人公たちが持つ”天才性”と言うのは、まさにその齟齬が無い、つまり”葛藤”(現実のどうしようもなさに苦しむと言うこと)の無さから生じるものなのでしょう。まあ、そのような天才性と言うのは僕にとってはリアリティは感じられず、むしろ現実の壁と葛藤する人たちの物語を好む自分にとっては、あまり首肯しがたいものを感じるのです。

まあ一言で言えば都合が良過ぎる話だなあ、と言うことなんですが。

投稿: 吉兆 | 2007.08.25 00:15

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