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2007.03.20

『薔薇のマリアVer2―この歌よ届けとばかりに僕らは歌っていた』読了

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薔薇のマリアVer2―この歌よ届けとばかりに僕らは歌っていた』(十文字青/角川スニーカー文庫)読了。

すげー表紙だなこれは…。正直に言うと、見た瞬間に目を疑ったと言うことをここで述べておこう。大体「え!…誰?…まさか…マリア?(人物紹介を見る)マリアンヌ。なーんだ別人…な、わけはないよなあ…」と言う感じでした(やけに具体的だなおい)。

今回はZOOの面々が未だ現在のZOOとなる前の物語で、本編では語られない横顔が明らかになると言う手法ですな。

以下各話感想。

「賢者が愚者に捧ぐダージュ」
まさかトマトクンの一人称となるとは…。正直、トマトクンの存在は薔薇のマリア最大の謎の一つであり、そのトマトクンの内面をここで見せるとは、大胆なカードを切ってきたな…と言う印象だった。実を言うと、読み始めたときは視点人物がトマトクンであることに気がつかず、やたらと虚無的で人間性に欠けた語り手に面食らっていたのですが、ジョーカーが出てきたあたりでようやく気がついたぐらいだった。普段は大胆不敵なトマトクンの、あまりにも人間と言うには欠けたものが多すぎるその内面は、意外であると同時にひどく腑に落ちるものがあった。しかし、謎は何一つ解明されていないな…。

「月下砂海夜曲」
暗殺者としてその人間性のすべてを剥奪されていた頃のピンパーネルが、”己”を見出すまでの物語。人間が人間として扱われることの無い世界の中でただ一つの光があって、その光さえあればどんな地獄だろうと耐えられたはずだった。しかし、その光を失った時、初めて彼の人生が始まったということなのだろう。殺戮によって産声を上げた意思持つアサシンであるピンパーネルの生は呪われてあれ。それは祝福でもある。

「男が背中で歌うブルーズ」
半漁人ことカタリくんのまっすぐな純情が炸裂するお話。まったくカタリは男気溢れる切ねえ男で、まったく”男の子”なんだけどバカ野郎でありますね。でも最高な奴だぜ。

「小さな恋と裏切りのエレジー」
未だハリネズミのように生きていた頃のマリアローズ。誰も信じられなくて、それでも誰かを信じたくて、しかし、自分ひとりで生きていこうとして、周囲のすべてを拒絶して生きようとしていたマリアが、ある魔術師の下でつかの間の平和を過ごしていくと言う話。周囲を拒絶しながらも誰かを裏切り傷つけることを恐れてヴィンセントを拒絶するマリアはあまりにも悲しい。周囲に興味を示さなかったヴィンセントがマリアに惹かれたのは、そのような孤独の匂いを感じたからなのだろうが、それゆえにこそ分かれなければならなかったのだろうなあ。対照的で、似たもの同士だったのかもしれない。

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